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【魔女】はただただ嬉しそうに微笑むと寝間着姿の女騎士の前に温めたカップを用意し、紅茶を注ぐ。
芳醇な香りが女職業騎士の鼻腔をくすぐった。一口含むとそれは体の内側へと一気に広がり、飲み下して漏らす吐息までもが至福の香りに満ちていく。
「はぁ……」
そのひと動作のあいだに、一触即発の空気はいつしか静かな夜の茶会と化していた。
「これは小麦と牛の乳の脂、それに砂糖を練って油で揚げたお菓子です。わたくしが作りましたのよ」
勧められた見たことも無い茶菓子を頬張ると口の中でほろりとほどけるように崩れ、それを紅茶で流し込む至福たるや。
「お茶は貴女の領地で採れる、そう、ご存じでしょう?それを、ふふ、淹れ方にひと工夫するのです」
己の領地に特産となる紅茶があるのはもちろん知っていたが、淹れ方ひとつでここまで味が変わるとまでは知らなかった。そしてそれを示してくださった【魔女】の紅茶への造詣の深さに感服していた。
たったそれだけのことで、そう、ただ茶と茶菓子を振る舞われただけで、女職業騎士の【魔女】への警戒は大きく損なわれ、いや、まったく消え去っていた。
そもそも相手が創世神であるならば、一介の騎士でしかない己が何を警戒すればどうなるというのだろう。
「あの……今宵は何故、私のような平凡な職業騎士の元へいらっしゃったのですか」
なればこその言葉だった。
女は騎士の家に生まれ世襲のままに職業騎士を目指し、そして職業騎士となった。それ以上に特別な地位があるわけでもなく、ましてや特別な功績を上げたこともない。
お世辞にも神の目に留まるような人間ではない。辛うじて騎士団の末席に身を置くような、そんな女の元に何故【魔女】が訪れたのか。
その言葉に【魔女】の薄灰色の瞳が、まさに陽の光を浴びたかのように輝く。
「わたくし、人探しをしていたのです」
ティーカップを置いて己の胸に手を当て目を伏せて語る。
「それは、跡取り無き騎士の家にただひとり生まれてしまったばかりに、恵まれぬ身体で職業騎士を目指さざるを得なかった乙女」
そう、だから騎士の家では跡取りに男を望む。必要ならば妾を、ときには使用人に手をつけてでも。
「それでも己の境遇に屈することなく家督の重責を背負い、その道を選んだ薔薇の領地を治める乙女」
それでも男の世継ぎに恵まれなかった。そんな家は無数にある。そんなとき、そこに生まれた女はいったいどうすれば良いのだろう。
「力でも速さでも劣る乙女が努力に努力を重ねて技と駆け引き、心の強さでもって他の職業騎士たちに劣らぬ働きをなさっていること、わたくしよく存じ上げております」
英雄を謳い上げるかのように、軽やかに【魔女】が語る人物。女騎士には心当たりがあった。
「そう、貴女です」
そう、わたしだ。
「そんな貴女だからこそ、今宵ここに訪れることにしたのです」
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