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女は騎士の家に生まれた。
世襲制が原則であるこの社会において、騎士の家に生まれた女は他の騎士の家、もしくはより上位階級である貴族の家へ嫁ぐのが一般的だ。
そのために貴族社会の常識を学び、礼節を学び、肌を磨き、化粧し、着飾った。
けれどもどうだろう。女がそのように生きて十と余年。父と母の間には男の子どころか、次の子に恵まれすらしなかったのだ。
母を深く愛していた父は妾を持つことも、ましてや使用人に手を付けることもなかった。それはそれで人として誠実だろう。そして男として、騎士としても尊敬すべき生き様だ。
けれども。
このまま自分が嫁にいけば、家の名は潰える。
愛するお父様、お母様の代で。
ふたりの名はしばし語り草となるだろう。
騎士の家をひとつ滅ぼした最後の当主として。
そんなことは、させてはならない。ぜったいに。
ならばわたしは、どうすればいい?
女はドレスを脱ぎ捨てた。淑女として磨かれつつあった成長期の肢体を地獄もかくやというほどに痛めつけ、あらゆる軍記、勇者たちの残した書物を読み漁り、血の滲むような努力の甲斐あって僅か数年で騎士団の狭き門をくぐり抜けた。
しかし門の先には同じ門を当然の如く潜り抜けた精悍な男たちが待っていた。
一対一の剣技、机上の軍略ならばまだしも勝機はある。
けれども体力勝負の任務とあっては女は辛うじてついていくのが精一杯の有様だった。そして、毎年入ってくる後輩たちもまた、ほぼ全員が己より身体において勝る男なのだ。
年々増えていく強靭な同僚。伸び代を見いだせず突きつけられる己の限界。年を経るごとに女の心は疲弊し、ただ摩耗していった。
しかしそれでも、騎士家の者として、なんとしても家名に相応しい功績を残さねばならない。そして出来るならば望まれて婿を取り、我が家の名を後世に残すのだ……。
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