魔女の勇者

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 柔らかな陽に照らされ爽やかな風の吹き抜ける庭園の一角、白い円卓と八つの椅子。席をひとつ置きに空けて四人が卓を囲んでいる。  つやつやとした表情で語るのは栗色の髪に薄灰色の柔らかな瞳、抜けるような白い肌の華奢な肢体に漆黒の薄絹を纏わりつかせた女。 「なんつーか、ほんっと、んっっっっとにさぁ!」  向かいに座る蜂蜜色の金髪に小麦色の肌を持つ少女がガシガシと髪を掻き毟る。 「悪趣味だねえ」  左手に座る黒いおさげ髪に眼鏡をかけた地味な女が溜息を吐くように続ける。 「むしろ凄いよね毎回」 右手で縮れた赤毛をひねりながら少年とも少女ともつかぬ子どもがクスクスと笑う。 「当然だ。この女は【魔女】だからな」 どの席にもつかぬ五人目。酷く冷めた表情の眼鏡の執事が彼女の隣で言った。 「はー、違いねえ!」  向かいの少女が喚いているのか溜息なのか判別し難い声を上げてテーブルに裸足を放り出す。 「ふふふ、お褒めに預かって恐縮ですわ」 「いや褒めてないからねホントに」  右手の子どもが突っ込む向かいで地味眼鏡がカップに注がれたコーヒーを啜る。 「まあ、さすが【魔女】と言ったところだよ。それでその後の【魔女の勇者】ちゃんはどんな塩梅なんだい」 「最初のひとりは騎士団でも特に懇意にしていた精悍な先輩を選んでらっしゃいましたよ」 「最初のひとり」  向かいの少女が仏頂面で強調するように復唱する。 「ふたりめは自分に心寄せていた後輩騎士を選んでらっしゃいました」 「ふんふんふたりめは」  右手の子どもが繰り返す。 「あとはまあ細かいところは忘れてしまいましたけれども、概ね手の届くところに手をつけたあとは遊郭などでもお楽しみでいらっしゃいましたよ」  左手の地味眼鏡はそれにはコメントせず自分のコーヒーを飲み干して執事にカップを差し出す。 「君うちの子と交代しないかい? うちの子紅茶はそれなりなんだけどコーヒーは淹れてくれなくてさ」 「面白い冗談だ」  ぴくりとも笑わず返してコーヒーを注ぐ執事に肩を竦めて一口啜り直し「つれないなあ」とぼやく。 「いや【賢女(けんじょ)】もなんも無かったみたいに流すなよめちゃめちゃ食い放題じゃねーか【魔女の勇者】。聞いてた感じそんな奴じゃなかったろ。どーなってんだ?」 「んーまあ、確かに【聖女(せいじょ)】の言うとこも気にはなってるんだけどね」  執事を除く三人が【魔女】に視線を向ける。 「それはもちろん種も仕掛けもございまして。実は、彼女にはもうひとつ、全部でみっつの祝福を授けているのです」 「ほう」 「へえ」 「はあ」  三人がそれぞれ相槌を打つなか、執事がそれぞれのカップにコーヒーを、あるいは皿に茶菓子を足していく。 「ひとつ、ひとりと歓びを交わすたびにわずかばかりの膂力と俊敏さを与えましょう」  魔女は自慢の揚げ菓子をひとくち頬張り、飲み下してくちびるを舐める。 「ふたつ、歓びを交わしたものが指揮下にある限り、そのものにも加護の片鱗を分かち与えましょう」  そうしてカップに注がれたコーヒーの香りを胸に吸い込み微笑む。 「今日も素敵な香りね」 「当然だ。僕が淹れたのだからな」 「いちゃついてねーで肝心のみっつめを言えよ!」 「失礼しました。みっつ、望みさえすればいかなる時いかなる相手にも、至上の歓びを得られる肢体を与えましょう」  つまり、己が望みさえすればいついかなる時いかなる相手にも欲情出来る。それが第三の祝福だった。 「……うわエッロ」 「なるほど、それなりに貞淑だろう女騎士が望めば簡単にその気になれるように仕向けたわけだ」 「で、ハマっちゃって今じゃ手当たり次第と」 「奥手な彼女へのささやかな気遣いですわ。おかげで彼女のために新たに編成された“甘き薔薇”騎士団は、今では大陸の列強に恐れられる最強軍団ですし、まさに望むままの栄光を手にしていらっしゃるのではないかしら」 「「「趣・味・悪」」」  ハモる三人に、僅かばかりの笑みすらこぼす事無く酷く無表情に執事が呟く。 「当然だ。この女は【魔女】だからな」  当の【魔女】もまた、揺ぎ無く薄灰色の柔らかな瞳で微笑む。 「うふふ、わたくしまったくの善意でしかございませんのに」  女神に関する数多の伝承のひとつにはこうある。 「彼女たちの行動原理は必ずしも人間社会の善や正義に基づかない。もし彼女たちに巡り合う幸運に恵まれたならば、万にひとつその力の片鱗を授かる機会を得たならば、それだけは決して忘れてはならない」
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