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夜のまた夜、真の夜、陽の気配が消え失せて久しく、そして次の明けまでも遠い深淵の刻。
あらゆる悪、謀略と姦淫と暴力と、おおよそ人目を憚るものどもの跋扈するひとときばかりの世界。
なればこの時に訪れる来客などは、到底真っ当なものではあるまい。
だから職業騎士、メリーロッテ・フォン・ローゼンハイムを訪ねて来た客もやはり真っ当とは言い難かった。
いや、そもそも訪ねて来た、というのも適切なのかどうか。
浅い眠りの中、深い紅茶の香りに誘われるように寝所で目を覚ました。
それは遠くどこかで、というような微かな香りではない。今この場で淹れたといわんばかりの濃厚なものが、部屋いっぱいに満ちている。
戸締りのされた部屋の中でなんの気配もなくただ紅茶の香りだけが立ち昇る。その異常な事態に、瞬時に意識を覚醒させながらも起き上がることはためらわれた。
寝息を装って呼吸を整えながら室内の気配を探り、薄目に状況を確認する。
鎧戸の隙間からの僅かな明かりも無い真の暗闇の中で、ふわっと優しく灯りがともった。
暗闇に慣れ始めていた目をまったく刺激することなく、不自然なほど自然に明るくなっていき、同時にテーブルの椅子に腰掛けている姿が視界に入った。
ウェーブのかかった栗色の長い髪に抜けるような白い肌。対照的な漆黒の薄絹を華奢な肢体に絡みつかせるように纏っている。
彼女は寝た振りを見透かしたようにゆったりと薄灰色の柔らかな瞳で微笑んで手招きした。
「眠れないのでしょう。お茶でもいかが?」
「ははは…」
メリーロッテは呆れのたっぷり含まれた笑いを漏らすと、もはや取り繕う必要もないとベッドから抜け出して鞘に納められている剣を取る。
「この深夜に寝ている他人の部屋に忍び込んで茶を飲みながらいう言葉がそれとは。まったく図々しいにもほどがあるな」
相手は只者ではないのかも知れない。しかしそれでも姿が見え、言葉が通じる。それだけのことでメリーロッテの心は完全に平静を取り戻し、むしろこの侵入者に軽い怒りすら覚えていた。
「騎士の寝所に忍び込んで、ただで済むとは思うまいな!」
言うや否や抜剣して侵入者を薙ぎ払う。命までは取らずとも腕の一本くらい構うまい。その程度には容赦ない一閃。
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