バーチャルな花見

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 出会いと別れ、多くの人が新生活をスタートさせる桜が咲く季節に、大学4年生の早坂澪は自室でノートパソコンを眺めていた。その画面には桜が映し出されていた。  手元にはマウスだけでなく、コンビニで買ってきたポテトチップスに、ハイボールとトマトジュースを組み合わせてつくった、トマトハイが入ったグラスが置いてあった。この組み合わせを澪は好んだ。ポテトチップスの塩気とトマトの酸味が絶妙なハーモニーを醸し出し美味しいのだ。  ところで、パソコンで桜を見るより、実際に外に出て桜を眺めたり、花見会場に行き、酒を飲みながら見た方がいいのでは? と思う人もいるかもしれない。だが、彼女は大学2年生の時にスギ花粉を発症してしまい、それも、軽度のものではなく、重度で外を出歩けば、目がかゆくなり充血し、くしゃみが止まらなくなった。  春の時期に外を歩いていると、サラサラとした素材の服装と帽子に花粉症用の眼鏡をかけている人をたまに見かけるがことがあると思うが、それが澪なのである。それだけではない。マスクは高級なものを使用しているし、鼻孔の近くに綿棒で薬を塗り体内に花粉が入っているのを抑え、顔にシューと花粉をガードするスプレーもしていた。見えないところでも、重度花粉症患者は身体苦痛に加え、時間とお金の面でも苦労しているのである。それに、この春、澪は就職活動に勤しんでいたため、大変困ったものであった。  さて、澪は花粉症ではあったが、桜を見ることは好きだった。だが、症状がひどすぎて、実際には見られないので、こうやって自室で桜の画像を見ては、お酒を飲んで楽しんでいた。  バーチャル花見なんて味気ないとも思うだろう。だが、全国津々浦々の桜という桜を鑑賞することができる。澪も最初の方は、遠くの地方の桜を見ながら、酒を楽しんでいたが、次第にそれはしなくなった。澪は地元を愛していた。そのため、全国で花見ができるといえ、近場の花見会場の画像を見ては、晩酌するのであった。  ただ、地元の花見会場は有名ではなく、むしろ、マイナーであった。そこで、澪はツイッターに地元の桜の画像を投稿しているアカウントをフォローすることでバーチャル花見を楽しんでいた。そのアカウントの主はニックネームを使用しているため、どこの誰かは知らないが、地元と桜を愛する澪にとってはありがたい存在であった。  その日も、澪はバーチャル花見を楽しんでいた。 「いやあ、それにしてもこの人の画像はよく撮れているなあ。お酒が進むってもんですよ。それに地元好きなのがどことなく伝わってくるし」  誰もいない自室でつぶやくと、トマトハイのグラスに手を伸ばした。
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