バーチャルな花見

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「はい、これだよ」  文学サークルに所属する恵は、スマホの画面を澪に見せた。その画像はサークル内で花見をしたときのものであった。大学の最寄り駅から数駅行った場所に、花見で有名な会場があった。真っ青な空のふもとに、あふれだしそうな桜が咲き誇り、時折、ふんわりと吹く、そよ風が花びらを散らつかせる。そんな美しくも儚い桃色を背景に、澪の友人の恵を含めた文学サークルのメンバーもまた、あふれだしそうな笑顔を咲かせていた。 「うわぁ、すごい楽しそう。いいなあ。私も花粉症でなければ、この場にいたのに」  澪はその写真をまじまじと見ると、嘆くようにいった。 「来ればいいのに、といいたいところだけど、澪ちゃん、花粉症ひどいもんね。同情するよ。ごめんね。うちらだけ、こんな楽しんでて」  恵は澪に少しだけ申し訳なさそうな顔をした。 「いやいや、別にいいの。恵ちゃんが悪いわけじゃないし。昔の偉い人がスギを植えたのが悪いのよ。何も、桜の時期に花粉を出す木じゃなくてもいいじゃない」  澪は春になると、毎年ぼやく台詞を口にしながら、引き続き、画像を見た。すると、目を見張るものが視界に入ってきた。 「あれ、これ私の弟かも。なんでいるの」 「確か、大和君だっけ?」 「そうそう、ほら、右の端の方を見てよ。とはいっても恵ちゃん、数回うちに遊びに来ただけだし、それにうちの弟を見たのは1回だけだったから覚えてないかもだけど......」  恵は澪が指し示す箇所を見た。確かにそこには、うっすらと記憶の隅にあった澪の弟である大和の姿があった。写真に小さく写った大和は、マスクを着用しているので、顔が分かりにくかった。だが、家族なら少し注意を向ければ発見できるくらいにその写真は弟を捉えていた。澪は相変わらず凝視していった。 「弟ったら、隣にきれいな女性を連れて、幸せそうに笑っているじゃない。やるじゃんとほめたいところだけど、なんか、鼻につくんだよね」  澪は何かを思い出すようにいった。すかさず、恵は弟の擁護に入った。 「えっー、なんで? 家族が幸せそうにしているんだからいいじゃない。確か、弟さんは、澪ちゃんの3コ下だから、大学に進学していたら、今は1年生だよね? サークル勧誘の花見で知り合った女性と仲良くなったんじゃないの。大学生活が青春の場になってうらやましいですよ」  恵は大学1年から3年生までの3年間に彼氏がいなかった。だが、だからといって澪の弟をけなすのではなく、むしろ、純粋にうらやましいと思った。性根が良いのだ。 「そりゃ、私だって素直にお祝いしたいよ。だけど……」  澪は少しいらいらした様子で親指と人差し指で前髪をつかみ、器用にくるくるとまわした。 「何かあったの?」 「それがね、家にいる時、弟は私をいじってくるの。例えば、オレンジジュースを飲んでいたら、子どもっぽいといわれたり、ゲームセンターのUFOキャッチャーにかわいいクマのぬいぐるみがあったから、3,000円はかかったけど、頑張ってとって、それを家に持って帰えると小学生かよといわれたり、就活も終わって、前髪を前みたいにぱっつんにしたら、何歳だよっていわれたり。もう、ひどくない?」  澪は内部にたまっていたものを吐き出すようにいった。  恵は思った。澪の子どもっぽさを揶揄する話ばかりだと。だが、あえて、控え目な恵は澪の話の腰を折らないようにつっこみはしなかった。澪は吐き出して調子づいたのか、さらに話を続けた。 「しかも、私が花粉症を発症する前、確か大学1年生の頃に、桜は日本人の心を惹きつけて離さない、と弟にいったんだ。そしたら弟は、何が離さないだよ、いやだね、メディアに踊らされて、といい返してきたんだ。その時、弟は高校1年生で、そういう意識高い発言に感化されていた時期だったから仕方がないけど、ひどいもんでしょう?」  澪は少しトーンダウンし、苦い青汁でも飲んだかのように渋い顔をしながら恵に同意を求めた。恵は弟はただのツンデレ君だと思ったが、形式的に首を縦に振った。 「そうだ!」  澪はつぶやくと、恵にいった。 「恵ちゃん、その写真のデータを私に送ってくれない? それと、花見をした日付を教えてくれない?」 「いいけど、どうして?」  恵はなんとなく、澪が何に使うのかの予想はついていた。恐らく、弟の弱点をつかみ、いざという時に用いるのだろう。 「いいじゃない別に。ねえ、いいでしょう?」  澪は恵に頼みこんだ。もちろん、最初は恵も抵抗した。だが、時間が経つにつれて、押しに弱い恵は了解した。最後の1年で友達と亀裂が入るのは嫌だったし、関係ないとはいえ、花粉症の澪を差し置いて、自分は花見を楽しんでいたことに負い目を感じたからであった。
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