バーチャルな花見

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「ああ、美味しいな。桜もきれい。きれいだけど、その命は儚い。でも、その儚いがいいのよね。写真だから、花見の時期が終わっても、晩酌することはできるけど、それじゃ、桜の儚さを台無しにしてしまう。現実と同じように接してあげないと」  その週の末、澪は相変わらず、自室でバーチャル花見をしていた。ほろ酔いになり、機嫌がよくなってくると、後ろからドアをトントンとノックする音が聞こえた。 「お母さんかな? はーい、なに?」  澪がドアを開けると、そこには弟の大和がいた。 「あれ、どうしたの? 私に用事でもあるの?」 「別にないよ……。いや、ある。母さんがイチゴのデザートをつくったから、姉貴を呼んで来いってさ。食べるっしょ?」  大和は淡々と母から預かった伝言を述べた。 「もちろん、食べるよ。ちょっと待ってね、準備するから」  澪は、パソコンから流れているBGMを止めに部屋に戻ろうとすると、大和から質問が入った。 「姉貴さ、一人で酒飲んで寂しくねえのか?」  大和は苦笑しながら訊いた。 「別に。今、バーチャル花見していたんだ。ほら、私たち、花粉症でしょう? あれだったら、デザートを食べ終わったら、私と一緒に相手をしてよ」 「バーチャル花見? なんか、ネットでは聞いたことがあったけど、本当にやっている人がいるとは思わなかったな。誘ってもらって悪いけど、俺は遠慮しておくよ。デザート食べたら、出かけようと思っていたし」 「出かけるって、大和、あんた何時だと思っているの? もう夜の8時だよ。遅い時間に外出だなんて。それに、あんた、花粉症でしょう? 大丈夫なの?」  澪は弟を心配していったが、 「別にいいだろう。俺ももう、大学生だし、何をやろうが姉貴には関係ない。人の勝手でしょ」 と話を片づけられてしまった。 「なによ、姉貴には関係ないって、薄情な」 「薄情ってなんだよ、これでも情には厚いほうだぜ。だからこそ、今から外出しようとも思っていたんだ」 「女の人ね?」  澪は弟、大和の態度に耐えきれなくなって、つい例の話を口にした。文学サークルのメンバーが花見に行った際に集合写真を撮ったら、偶然、大和とその隣に見知らぬ女が愉快そうに歩いていた件だ。 「あっ?」 「あっ? じゃないんだけど。先週の土曜日、大和が花見会場できれいな女の人と一緒に歩いていた話だよ」  大和は斜め上に視線を傾け、思い出すと、しまったとバツの悪そうな顔を浮かべた。 「なによ、分かっているくせに思い出す振りなんかしちゃって。こっちには証拠があるんだよ」  澪はテーブルの上にあったスマホを手にもつと、例の写真を画面に写し、それを大和の顔の前に勢いよく掲げた。 「しかも、過去に私が、桜の良さをほめたら、メディアに支配されているとかいってたのに、今ではしっかり桜を見にデートにいってるじゃない。まあ、かわいい彼女をつかまえたし、大和も大人になったのね」  澪は酒を飲み、気が大きくなったことに加え、普段から子どもっぽいところを揶揄されていたので鬱憤がたまりにたまり、ついつい嫌味ったらしく大和をけなすように言い放った。  澪の表情が一瞬ハットしたものにかわりに、みるみる後悔の念に苛まれていった。いい過ぎたことを後悔したのだ。一方、大和からの返事がない。澪が大和の目を黙って見つめていると、やがて大和の優しい声が部屋に響いた。 「俺が高校1年生だった時、姉貴は大学1年生だったよな。その時、姉貴はこういったんだ。 〈桜は日本人の心を惹きつけて離さない〉  俺はその時、まだ幼かったこともあって、つい調子にのったことをいってしまったんだ。だけど、あの後なんとなく近所の桜をスマホで撮って、SNSにアップしたんだ。そしたら、地元好きな人から感謝の言葉をもらってさ、桜も悪くないと思ったんだ。それから毎年春になると、俺は地元の桜を撮ってはSNSにアップすることにしたんだ。  なぜ、そんなことをしたのかというと、姉貴みたいに地元にいて花粉症だけど、桜が好きな人が喜ぶと思ったからだよ。写真を投稿する度に、いいねがついたり、ありがとう、と感謝のコメントをよせられたりすると、俺も嬉しくなってさ。だから、そんなに桜が好きでもなかったけど、地元が好きで待っている人がいたから毎年続けたんだ。確かに、俺も姉貴と同じように花粉症だけど、幸い症状は軽いから、なんとか外出はできるし。  姉貴がさっきいっていた、土曜日の花見の件、一緒にいた女性は俺の恋人ではない。あの女性は、この地域の出来事をSNSに投稿している人なんだ。俺は桜のみを投稿しているけど、その女性は桜に限らず、毎週末活動しているんだそうだ。SNS上で仲良くなり、今度、合同企画をやろうということになって、一緒に花見に訪れて写真を撮っていたんだ。だから、姉貴が期待しているような積もる話というわけではないんだ」  大和は語るように話した後、さっきまでの怒りの表情が嘘のようにスッと消え、最後に表情がやわらぎニコっとした。  澪は雷でも打たれたように一瞬、思考が停止した。やがて、ぽつぽつと話し始めた。 「なんだ、そうだったの。まあいいわ。そういえば、早くイチゴを食べないと、出かける時間が遅れるよ。」  澪が両手のひらを外側に向けて、さあ、行った行った! と移動を促すために大和の背中をさするように押すと、二人はリビングに向かった。
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