南物語1

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南物語1

 目の前に大男がいる。 「全部、置いていけ」  低い声で言ってきた男。その後ろにはもっと大きな男たち。 「一、二、三、四、五、六。  一人に対して六人か。相当なビビリだな」 と、心の中で呟いた。  声に出せる訳ないだろう。 「早くしろ」  大男は言った。  震える手で財布を取り出した。  大男が優しく笑った。 「グォゲェ」  大男の拳が俺の腹にめり込んだ。  俺は吐いた。今朝食べたパンとコーヒーが、形を崩して出てくる。 「君何歳?」 「一八」  俺は声を絞り出した。 「へぇ。俺らとタメか。学校行ってんの?」 「学校は辞めた。就職で南第一地区から来た」  下を向いたまま答えた。  酸っぱい物がまた込み上げて来た。 「ハハハ!第一地区のエリートか。今のここはいつも以上に治安が悪いぞ。運が悪かったな」  手には四つ葉のクローバ。小洒落た刺青。  一〇〇人中九九人が知っている。  南地区全土を支配するグループ。ブラザーフットのマークだ。  彼らに絡まれるなんて。  引っ越し初日は最悪。  夜が来て朝が来た。本日は快晴。  昨日は散々だった。  快晴だろうと外に出たくない。仕事は来月からだしな。  外に出たくはないが、腹は空く。  仕方がない。近所のスーパーにでも行こうか。  暑くもなく寒くもない。肌に当たる風が心地が良い。ちょうど良い天気。  俺もバカじゃない。昨日とは違う道を通ろう。  心地が良い。昨日は最悪だった。昨日との気分は真逆。結局、世の中はプラスマイナスゼロになるんだろうな。  前言撤回。 「よぉ。全部置いていけ」  首に四つ葉のクローバー。  そんな大男がまたまた六人。 「あなたたちの仲間に、昨日全部取られたから無い」  震える声。  あいつらには関係ない。  ボコボコに殴られ、そして蹴られる。  加減を知らない悪魔。人の痛みなら痛みとは感じない狂人。  目が覚めたのはベットの上だった。 「目が覚めたのね」  女の看護師が点滴を替えていた。 「ここは病院ですよね?」 「そうよ。喧嘩?」 「いや、一方的にやられただけです」 「そっか。最近多いのよ。怪我して病院に運ばれる人」 「最近?もともと治安が悪かったんじゃ?」 「ここまで悪くはなかったわよ」 「なんで悪くなったんですか」 「もう大丈夫みたいね。いつでも退院できますよ」  俺の質問には答えなかった。  看護師は笑顔で部屋を去った。  陽が沈んでいく。  徐々に暗くなる外。  引っ越し二日目も最悪だ。  病院のベットの上。消灯時間を過ぎ、部屋が真っ暗になった。  この地区に住み続けることが可能か?  第一地区とは比べものにならない。  俺は第一地区では不良ってやつだった。だから学校も辞めて、南一番の悪者市場であるこの地区で働き口を探した。  ここの不良と第一地区の不良は訳が違う。  次元が違う。  どうする?  どうする?  どうする?  なかなか眠れない夜。長い長い夜が明ける。朝になった。  結局答えは出ない。  去るのか。残るのか。  荷物は何もない。財布も取られた。本当に何もない。  体一つで病院を去る。  病院から少し歩く。見通しの良い場所。あたりを見回す。  どこを見ても四つ葉マークの男たち。ブラザーフットのメンバーだらけだ。 「あっ!」  思わず声が出てしまった。  一人の少年が絡まれている。絡んでいる男たちはもちろんブラザーフット。  一人。  二人。  三人。  次々と男たちは吹っ飛んでいく。  あのブラザーフットが吹っ飛んでいる。  周りの仲間も駆けつける。  彼らも次々と吹っ飛ぶ。  爽快だった。  俺をボコボコにしたグループ。そいつらがボコボコにされているんだ。  最高。    ブラザーフットの奴らが去っていく。  少年は何事もなかったかのように歩き出した。 「あいつは何者だ?ここの地区は強者のみしか歩けないのか」 「なにそれ?独り言?」  驚いた。  俺の後ろに少年が立っていた。年は一五歳ぐらいだろうか。 「お兄さんはここの地区の人間じゃないよね?」 「なんで分かった?」 「お兄さん一六歳ぐらい?十代は今月中は外出禁止なんだよ。今外出してる奴は、ブラザーフットのメンバーか、俺らの仲間だけ」 「どういう事?」 「革命中って事」  さっきブラザーフットを吹っ飛ばしていた奴だ。そいつが俺の後ろにいた。 「よぉ。ボス。良い戦いっぷりだったぞ」 「ボス?革命?」  俺は引っ越の時期を間違えたらしい。
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