【おまけでもう一ヵ月】

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やはり負い目がある、部長には智恵子さんみたく美人で自信に溢れた人が似合うと思う。 「もちろんだ、今回の旅行は視察も兼ねている」 はい? 視察? 「君が継ぐ予定だという旅館を見ておこうと思う。数年もかからず村松はやめるつもりだから、そうしたら君と跡を──」 「え、友弥さんがうちを継ぐって……部長として引き抜かれたのに、村松を辞めるんですか⁉」 骨を埋めるものだと思っていた、なのにそんなあっさりと……! 「そもそも、村松には営業の純利益を2倍にしてほしいと言われて引き抜かれたんだ。3年で1.65倍、多少の誤差はあれど計画通り。順当にいけばあと二年で目標達成だ」 すごい、ちゃんと計画的にやってるんだ。 「別に村松に恩も義理もない、今よりいい条件を提示されればよその会社に移ることなど全く問題ない」 そんなものですか⁉ 「東京本社への異動も打診されているがな。それはそれでもいいんだが、大して魅力は感じないな。それよりは全く違う仕事の方が楽しそうじゃないか」 「でも 旅館なんて……」 部長には似合わなそうな……そんな私の不安をよそに、部長は微笑む。 「本当にやってみたいと思っている。せっかく行くんだ、いい年のおっさんが付き合ってますだけじゃご両親も心配するだろう、きちんと将来の展望を伝えたい」 将来の展望……って、もう部長、堅いよ。でも私の事まで人生の計画に入っているのだと判って、嬉しくなってしまう。 「福江島は遠いですよ? 本当にいいんですか?」 部長の生まれ故郷はここ横浜だ、故郷を離れる辛さは身に染みてる。それでも私は思うところがあって出たいと思ったからまだいい、部長は違うでしょ? 「福江島はいいところだそうだな、観光はもちろん、住むのもよさそうじゃないか」 優しい言葉に不覚にも涙がこぼれそうになる、そういいところなんです、そこへ部長と行けたら……一緒に住めたら、それは嬉しいかもしれない。 「なにより、春になれば新入社員も入ってくる、殆どが新卒だ、営業部に何人来るかはまだ確定じゃないが、そいつらに市松みたいにいやらしい目で見られるなんて、俺には耐えきれない」 ちょっと拗ねて言う、うふふ、それが本音ですか? 名実ともに自分のものだと知らしめたいと。 「そうですね、私もそんな風に見られたくないので、仕方ないから結婚してもらいます」 冗談半分に言うと、部長は微笑んで抱き締めてくれる。 私も抱き締め返す、航空券を握ったまま。 「よろしくお願いします」 小さな声で言っていた、以前もそう言ってこの家に来た、その時とは全然違う意味になると感じる。 この人とずっと居たいと言う意味だ。 部長はよし、と言って嬉しそうに微笑んでくれる。嬉しい、本当にこんな運命があるんだ。 あの日、あなたが拾ってくれたから。 朝、部長の腕の中で目が覚める時感じる幸せがある。 部長はいつも私を抱き締めていてくれる、背中からぎゅっと、密着しているの。 悟志は私が背を向けていることを嫌がった、寝顔を見ていたいという、いや、寝顔なんか見られたくないし。私は密着して体温を感じている方が嬉しいのに。背を向けていると拒絶されているように感じるそうだ。 部長は抱き締めてくれるからどうなのだろうと聞いてみたら、私と同じ気持ちだった、より多く肌が触れて体温を感じている方が嬉しいと言う。確かに横になっていて向かい合わせで体温が感じるほど抱き合って眠るのは、無理がある。 こういうところだ。一緒にいて幸せと言うか、安心するのは、些細な事で意見が合う事。これでどちらかが無理をしていたらきっと続かない。 まあ、もっともそのあと、後ろから抱き締めていれば私の体の柔らかいところをひたすらなでなでしていられるからと続いたけれど、うん、確かに眠るまで触られ続けているけれど。 それはそれで、やはり嬉しくて、ずっとそうしていてほしくて──あ、性癖の事は内緒ですよ、絶対言いませんから!
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