【預金ゼロ円⁉】

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【預金ゼロ円⁉】

社内に響く電話のコール音、いつもと変わらぬその音が途切れると、いつもの応対の声がする。 「はい、村松重工、浜中です」 見慣れた光景、聞きなれたやりとり。 私はパソコンに向かっていつもの業務、そこへ聞こえて来る、私を呼ぶ声。 「藤代さーん、ウイハー社様からお電話です」 「はい⁉︎ 私⁉︎」 入社半年で外部との接触もない、私に電話などまずないはずだ。 空調設備の設計をする会社の、営業部付属の設計を担当してる部署に配属された。営業部とは言え、私は社内にしかいない。 しかもウイハー社? どこだそれは。 それでも私は手近な受話器を取り上げる、内線2番を押した。 「はい、藤代です」 『はい、私、ウイハーの佐藤と申します』 定型句のあいさつの後、彼はとんでもないこと言った。 『お仕事中に申し訳ありません、しかし水木さまと連絡が取れないのでこちらにご連絡させていただきました。当社は家賃回収の代行をしております。藤代さまがお住いマンションの家賃が半年もの間、滞納されているのです』 はい? 家賃滞納? 『再三の督促も無視されているので、明後日部屋を差し押さえようと思っています。未払いの家賃の支払いの相談もしたいので、ぜひ確実にお会いできる日、時間を──』 「あの、あの、あの‼︎ そんなはずありません、私、ちゃんと銀行に振り込んでます!」 饒舌に喋っていた相手の空気が、ぴくりと震えたのが電話越しでも判った。 『いいえ、確実に引き落としはされていません』 「そんなはずありません!」 だって、毎月ちゃんと生活費を振り込んで、そうすると家賃分は減っててその分私の入れた金額が増えているのを見ている──。 『藤代さま』 丁寧だけど、怒りも混じった声だった。 『引き落とし名は「花田不動産」になっていますか?』 「あ、ごめんなさい、通帳の管理は、同居人の水木がやっていて」 同居人は恋人だ、いわゆる同棲している。水木悟志(みずき・さとし)とは、専門学校から交際をスタートさせた。就職となったとき、一緒に住もうと言ってくれたのだ。 いずれは結婚も視野に──一緒にお金を貯めようと、改めて口座も作って、そこにふたりで月々10万ずつ振り込んで、そこから家賃や光熱費も落ちている。 『ああ、はい、水木さま』 本当に怒った声、呆れも混じっているように感じる。 『部屋の名義も水木さまでしたね、なので再三ご連絡はしているんですが、明日払う、今度払うと先延ばしでして。家も留守ですし、一昨日からは電話も通じなくなりまして』 「そりゃ家にはいませんよ」 帰宅は私よりも遅いくらいだ。 「え、電話も?」 『はい』 低い返事に、背中に冷たいものが流れ始めた。 『とにかく、こちらとしては一円でも家賃を回収したいのです。藤代さまにお手間を取らせるのもなんなので、差し支えなければ会社まで伺いたいのですが』 「あ、いえ、はい、その、来ていただくのは助かりますが、とりあえずお金を用意しないと」 『では明日、12:30に伺ってもよろしいでしょうか』 「はい、わかりました、明日お支払いしたら、家は差し押さえられないですよね?」 『はい』 私はひと安心して電話を切った、はあ、とため息を吐いた時、周囲からの視線に気づいた。 視線を、浴びている。 「あの、いえ」 「借金?」 向かいの席の一個先輩、市松さんに言われる。 「いえ、違います、家賃滞納だそうです」 「まあ。うちは家賃補助も出てるでしょ。なのに駄目じゃない」 はす向かいの二個先輩、植木さんだ。 「ええ、なんかの間違いだとは思うんですが」 半年と言う事は住み始めてからだ。きっとなにかの手違いがあったに違いない、悟志にも話を聞いて。 「とりあえず、お金の準備をしないと」 「今行って来たら?」 隣の席の五個先輩、遠藤さんに言われた。 「いいですか?」 一番端に座る係長の顔を見た、30代後半というのに、その美貌でそうは見えない橋向(はしむかい)さんだ。橋向さんは小さくこくりと頷いてくれた。 「すみません、ちょっと行ってきます」 私は仕事を抜け出して銀行へ向かう。 オフィスビルの3階に目指すATMはある、キャッシュカードを入れて暗証番号を打ち込み、510,000円を引き出そうする。 あら、エラー。そうか、一日の限度額があるのか、それを目いっぱいだ。残りは明日引き出して──しかし、二度目の操作でもお金は出なかった、預金残高がありません、と出る。 そんなはず──預金残高を見て、驚いた。 なんと、0円、だった。
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