帰り道

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帰り道

 日がとっぷりと暮れた、初秋の午後。片田舎の車道を鼻歌交じりに走り去る一台の自転車があった。 「ふーん、ふふん、ふんふーん……」漕いでいるのは、部活帰りと思しき男子学生。  学校指定の自転車には、スポーツバックと、BGMを流しっぱなしにしたスマホが無造作に放り込んである。砂利を跳ね上げる車輪と少年の陽気な歌声だけが、まっすぐに伸びる田園風景に響いている。四方は田畑が広がり、時々外灯がぽつぽつと立っているが、それ以外には何もない。自然豊かだが、同時に寂しい田舎道。少年の自転車は、止まることなく家路を急いでいる。 「ふーん……ん?」少年の鼻歌が止む。明かりの乏しい風景に、妙な光体を発見したからだ。  少年は自転車を止め、乗車したまま光源を凝視する。光は、とても離れた場所で発生していた。進行方向右側――水田何反か隔てた先に、うっすらと光る何か。大きさはバスケットボールぐらいで、宙に浮いているようにも見える。少年は目を凝らしてその正体を見定めようとする。すると―― “ひひひひひひひひひひ――”気味の悪い笑い声が“それ”から響いてきた。  首だった。ぼうっと青白く光る、生首。真っ青に染まった肌、夕闇に同化した髪の毛、気色の悪い提灯のように空中に静止し、笑っている。 「――――ひっ……!!」少年は視線を切り、自転車を走らせた。  わき目も降らず、立ち漕ぎで、全速力で。理解の及ばないものを見た悪寒は、恐怖という形で少年の足を動かした。頭には、決して離れ難いあの光景がずっと張り付いたまま。そのせいで、大事なシューズ袋を落としたことにも気づかない。 “ひひひひひひ……”  声は、だんだん小さく、遠ざかっていく。後方に飛び去っていく景色と共に、その光も数秒で完全に見えなくなる。  少年は振り返らない。見えなくなってもまだ、足を緩めようとしない。あの耳障りな笑い声が鼓膜に張り付いて、速度を落とすことを許さないのだ。ペダルは、軋みを上げて少年の要求に応えた。  少年は自宅へたどり着き、玄関に自転車を放り投げ、家に入って家族からその様子を宥められるまで、我を失い取り乱したままだった。
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