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四条潘ヒロシの日常
夏休みも終わり、久しぶりに始まった高校生活。今日も俺――四条潘ヒロシは自分の名前をいじられていた。
「よー四畳半ヒロシくん! 夏休みはどうだったかね? 淡い一夏の恋に花を咲かせることはできたのかなぁ?」
「その呼びかたは止めろっていつもいってるだろ、タクミ。四条潘だ、シジョウハン! 誰が一人暮らしの狭小賃貸だ」うんざりしながら、俺は級友のタクミを小突いた。
周りのクラスメイトは、ほっこりしながら俺たちのやり取りを眺めている。
「二人の漫才を見るのも一か月ぶりだな!」とか「相変わらず仲いいね!」なんて無責任に言っている。心外だ。俺は仲良くしてくれと頼んだこともなければ、自分の名前をネタに使っていいと許したこともない。
「風評被害だ」俺が言うと、タクミはやけに馴れ馴れしく肩に手を置いた。「そう言うなって相棒。お前みたいに強面でガタイの良いやつをいじってやれるのはただ一人。誰かって? そうこの俺! 住宅関連同士仲良くやろうじゃないか」
「そういうところが余計なお世話だって、いい加減気付いてくれ……」額に手をやって、やれやれと首を振る。ちなみにこいつの本名は建守タクミ。まるで大工になるためにつけられたような名前だが、両親は会計士らしい。本人も建築には興味がないと日頃から公言している。俺だってねぇわ。
「あ、そうだった! 耳寄りなニュース仕入れたんだけど聞きたい?」タクミは何故か耳打ちで告げる。
「嫌な予感しかしねぇけど」
「そう言うなって! 三組の奴らがな? クラスの奴が幽霊を見た! って朝からもっぱらの噂だ……そろそろお前のところに来るんじゃないか?」
「うわ……マジか。勘弁しろよ……」どっと疲れが出た。椅子に座り込んで、この後の展開を想像してあたまを抱える。
自慢じゃないが、いや、自慢にもならないが、俺はこの学校じゃちょっとした有名人らしい。俺の意思にかかわらず、いつ頃からかその噂は広まってしまった。曰く『一組の四条潘ヒロシは幽霊を払えるらしい』と。
「実家が寺ってだけでそういうこと頼むかね、普通」
「いやそれだけじゃないだろ? 多少尾ひれがついてるけど、それは俺もよく知ってるし」タクミは至って真面目に反論する。
そう、実際は、それなりの理由があるのだが、その事情を詳しく理解している人物は少ない。かくいうタクミもその当事者の一人なのだが、そのことは口外しないように俺から頼んである。しかし、人の口には戸が立てられないとはこのことで、いったいどこから漏れたのか。それからというもの、俺の周りにはそういった相談事が舞い込むようになってしまった。
「そうら……おいでなすったぞ」机に腰かけていたタクミが、入口へと顎をしゃくる。
「あ?」
振り向くと、入口には深刻そうな顔をした男子生徒が、他数人の学生を引き連れて立っていた。恐らくあの子だろう。他は付き添いか、野次馬といったところか。頭が痛くなってきた。
「マジで来ちゃったか……」
「まぁ来たら仕方ないもんな。話だけでも聞いてみんべ――やぁやぁ諸君! 我こそは学生祓魔師の親友建守タクミなり! 四畳半ヒロシくんに何か用かな?」
「あっ――あんのバカが……!」こちらの意見も求めず、タクミは入口へ意気揚々と行ってしまった。完全にタイミングを逸した俺は、タクミが件の生徒を連れてくる様を、黙って見届けるしかなかった。
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