ここはどこ?

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ここはどこ?

 目覚めたのは見知らぬ森の中だった。  地面の上に仰向けに倒れていて、目を開いて最初に見えたのは森の木々の間から見える青い空だ。  起き上がってあたりを見回すと、周囲は森の中の開けた空地になっている。 「ここは……一体どこ?」  俺は今日の行動を思い返してみる。  今日は週末で、しかも週明けも祝日の連休なので街へ出てみることにした。  目的地は家電量販店の模型フロア。  最近は専門の模型店がすっかり減って……いや、それはいいか。  そこで趣味の模型のためにいくつかの工具を新調し、それから新旧の模型で興味を惹かれたものをいくつか手にとって購入した。  そして帰り道……結構な大荷物になってしまったので、とりあえず駅前まで行ってタクシーを拾おうとして……そうだ、そこで突然穴のようなものに落ちたんだよ。  そこから一旦記憶が途切れて……そして今に至る。  うーん、まあとにかくここがどこだわからなければ帰ることもできないなぁ。  なにかないかと見まわすと空き地のすみに俺のカバンが転がっているのが見えた。  とりあえずそれを拾うと中からスマホを取り出し、地図アプリを立ち上げる。  だが無情にも地図アプリは「インターネットに繋がっていません」と「現在位置がわかりません」という2つのエラーを出した。  なんだそりゃ、ここは本当に見たまんま文明圏から遠く離れた僻地の森だとでも言うの!?  方位磁石アプリでとりあえず方角を知ることはできたけど、それがなんの役に立つと言うんだろう。  ふと、そういえば今日買った模型の袋はどこにいったのだろうとあたりを見回す。  空き地の反対側の木に、ビニールの買い物袋の断片が引っかかっているのが見える。  カバンを拾い上げると模型を取りに空き地を横断する。  だがその途中、前方の下生えがガサガサと音を立てたのに気がついた。  何かいるのか……?  こんな森の中、人ならいいけれど野生動物とかだったら……。  恐る恐る下生えの向こうを覗き込むと……そこにいたのは数匹の小さな猿のような生き物だった。  猿たちは俺の買った模型の袋をずたずたにして模型の箱を取り出し、あまつさえその箱を噛んで食べようとしては吐き出し、とやっていた。  違う、それは食べ物じゃない。匂いでわからないのか?  幸い相手はごく小さな猿だし、ここは一つ…… 「ウォい、ゴルァぁあ!!」  大声を上げて飛び出すと、案の定散り散りになって逃げ去った。  さて、買ったものを取り返したは良いのだけれども……どうするよこれ。  持ち運ぶには買い物袋が使い物にならなくなってしまっている。  小さな工具類なら手持ちのかばんに収められるけれど……。 「組むか……!」  バラバラに散乱したパーツを収めた袋を拾い集め、よだれでベタベタになった組立説明書もなんとか回収し、空き地の中央へ集める。  残念ながら今回は塗料やパテのたぐいは買っていないが、パーツを切り離し整えるニッパーとデザインナイフ、そしてパーツを貼り付ける接着剤は購入してある。  完全な素組しかできないが、とりあえず形にしてしまえばある程度はサイズも小さくなるし、そうしたら無事な箱一つにまとめることもできるだろう。  問題は時間だが……スマホの時計によるとまだ午前中。森の中ということを考えても、日が落ちるまでにはまだ時間はあるはず!  全部は組めなくても一つぐらいは組み上げられるだろう。  ならばすべきことは一つ。手を動かすだけだ。  まずは組み立てる模型を選ぶ。  色々組めるものはあるが、ここはとにかく手早く組めるものを選ぼうか。  接着剤不要、パーツは多色成形で一部彩色済み、そしてモチベーションを保つための美少女フィギュア系。  ここは一つ、K社の『アームド・ガールズ・コレクション』シリーズより陸戦ガール、アルテミスをチョイスだ!  ……黙々組み立て中……  3時間経過。 「よし、ようやく組み上がったぞ!」  そこには1/12サイズのアルテミスが凛々しい姿で雄々しく立っていた。  狩りの女神の名を戴くアルテミスは、腰まで届く長いシルバーの髪と白い肌、そして豊かなバストを持ち、軽装なアーマーに身を包んだ美少女だ。  もちろん各関節可動で自由なポーズを取らせることができる。  装備する武器は遠距離狙撃のための望遠スコープ付きライフルと近接戦闘用のナイフ、そして腕アーマーに内蔵された捕縛用のワイヤーガン。夜間戦闘に対応するために暗視バイザーも携帯している。 「塗料の手持ちがないから、細かい部分の彩色できなかったのはちょっと可愛そうだけど……これで"完成っと"!」  その瞬間、目の前のアルテミスはまばゆい光を放った!!  いったいなにごと!?  直視できないほどの光はやがて膨張してき、そしてその光が静まるとそこには……1/1サイズのアルテミスがキョトンとして立っていた!  アルテミスはやがてあたりを見回し、目の前に座り込んでいる俺を認識したのか、しゃがみこんで目線を合わせる。 「あなたが私を作ったモデーラ様ですか?」  なんだコレ!?目の前にアルテミスが、原寸大で、自分で動いて、喋って、しかも俺に話しかけている!? 「……?どうしました?あなたが私を作ったのではないのですか?」  再びアルテミスが俺に問いかける。  ゴクリとつばを飲み込むと俺は訪ねた。 「き、君は……何?いや、誰?」  その問いにアルテミスは答える。 「あなたが私のモデーラ様でなければ答える義理はないのですが……まあいいです。私は造形の神、デール神の力により顕現しました、人が思いを込めて形作った物に宿る精霊です。名前は……モデーラ様により名付けていただくまでは名乗ることができません」  そして俺を向き直って再び問う。 「あなたが私のモデーラ様でないとするなら、私のモデーラ様はどこにいるのですか?」  多分半分も事情を飲み込めていない俺だけれども、とりあえずこれだけはわかった。 「き、君は俺が作った。も、モデーラ?と言うのはよくわからないけれど、たぶん俺がそのモデーラだ」  すると原寸大アルテミスはパッと表情を明るくし顔を寄せてきて言った。 「やっぱり!あなたが私のモデーラ様なのですね!では早速ですが、契約の証として私に名前をください」 「な、名前?」 「はい。私達のような作られしものに宿る精霊はその作り主であるモデーラ様から与えられた名前を介して契約し、お仕えするのです」 「そ、そうなんだ……」 「そうなんです!なので、名前を!」  アルテミスは俺を押し倒さんばかりにずいずいと迫ってくる。  そのたびにアルテミスのたわわな果実が俺の目の前でアーマー越しにたゆんたゆん揺れる。  もとはプラスチックなのに、精霊が宿ると柔らかくなるんだ……? 「わ、わかった!わかったから!名前をあげるから、まずはそこに座って!」 「はい!」  アルテミスはその言葉を待っていましたとばかりに素直に俺の前に正座する。  彼女の体からあふれ出るわくわく感が、まるで見えるかのようだ。 「え、えーと、君の名前だけど……」 「はい!はい!」 「あ、アルテミス……で、いい、かな?」  模型の商品名そのまんまだけど、名前なんてそんなにすぐには思いつかない。  これで満足してくれればいいんだけれど……。 「アルテミス……」  アルテミスは驚いたような表情で俺を見つめながら与えられた名前を呟く。  だ、ダメだったかな?やっぱりもっとちゃんと考えた方が……。 「アルテミス……」  アルテミスは手を胸の前で組んで目を伏せ、反芻するように再び名前を呟く。 「き、気に入らないなら、もっとちゃんとした名前を考えるけど……」  さすがにちょっと心配になってくる。  だがアルテミスは唐突に顔を上げ、俺を見て微笑んだ。 「いいえ、とんでもございません!強い思いのこもった素晴らしい名を頂いたと確信しております!……アルテミス……ああ、それが私の名前!」  見るとアルテミスの目から溢れた涙がほほを伝って流れている。  ええっ!そんなに!? 「よ、喜んでもらえたようでうれしいよ」  俺はポケットからハンカチを取り出すとアルテミスに差し出す。 「とりあえずこれで涙を拭いて」 「はい!見苦しいところをお見せして失礼いたしました」  アルテミスはハンカチを受け取ると涙を拭いた。  まだ目元が少し潤んでいるけれど、明るい笑顔が戻ってきて一安心だ。 「ところでアルテミス」 「はい、モデーラ様」 「ここが一体どこか、わかるかい?」  その問いに対してアルテミスはすまなさそうに消沈して答える。 「大変申し訳ありません、私にはわかりかねます……」 「そ、そうか……」 「ですが!しばしお時間をいただければ、あたりの様子を調べてまいりますが!」  そう言ったアルテミスは、俺の命令を待って目をキラキラさせている。  なんか……犬みたいだな……。 「そうか……じゃあ、お願いできるかな?」 「はい!直ちに!」  いうが早いかアルテミスは空き地から森へ向かって走り出し、森の木々の間を交互に三角飛びして30mはあろうかという木のてっぺんまで数秒で登ってしまった。  さすが狩猟の神の名前を持ってるだけはあるな……。  そして木のてっぺんにすっと立ったアルテミスはあたりをしばらく見まわすと、そこから軽くジャンプして体をひねりながら落下、俺の目の前に着地した!  すごい……あの高さから飛び降りられるのもすごいし、着地音がほとんどしなかったのもすごい。 「モデーラ様、周囲はかなり広い森が広がっておりました。西から北にかけてはかなり高い山岳地帯が広がっており、南は地平線まで森が続いております。東はかなり進んだ先に森の果てが見受けられ、また人里のものと思われる煙が幾筋か立ち昇っているのが見えました」  人里がある!でもその言い方だとどのくらいなんだろう?徒歩だと夜までにつけるだろうか? 「そうか……よし!」  俺は再び空き地の中央に戻ると模型の山を漁り始める。 「モデーラ様、なにを?」 「まあ見てて。たぶんできるはずだから」  この現象が一体何なのかわからないけれど、アルテミスがこうなったからにはきっと他も同じように……。  俺は別の箱を取り出して組み立て始める。  選んだのはH社の1/72、UH-1D。かのベトナム戦争で活躍したヘリコプターだ。12人以上の兵員を運ぶことができる戦場のタクシー。この森を抜け出すにはこれが一番だろう。  ……黙々組み立て中……  だが2時間経過したところで日が落ちて手元がおぼつかなくなってきた。 「これはまずいな……」 「モデーラ様、いかがなされましたか?」 「暗くて組み立てが続けられないんだ」 「まあ、では火を焚きましょうか?」 「いや、火はダメなんだ。この素材は熱にすごく弱いから……」 「それは……!知らぬことといえ、失礼いたしました……」 「いや、いいんだよ。でも……」  さてどうしよう、困ったな……。  ふとアルテミスを見ると、その頭には……! 「アルテミス!それを貸して!」 「も、モデーラ様?何をお貸しすれば?銃ですか?ナイフですか?」 「いや、その頭の暗視バイザーだよ!」 「ああ、そういえば!うっかりしておりました。どうぞお使いください」  アルテミスが差し出したバイザーを受け取ると身に着けてスイッチを入れる。 「ありがとう、これでよく見えるよ」 「お役に立てて何よりです」  ……再び黙々組み立て中…… 「これでよし」  塗装ができないため成型色そのままカーキグリーンのUH-1Dがそこにはあった。 「これが、へりこぷたーでございますか」 「そう、空を飛ぶ乗り物だよ」  だけど、変だ……?  アルテミスの時と違っていくら待っても実物大にならない! 「どうなさいました?」 「いや、実物大にならない……精霊が宿らないんだ。なんでだろう?」  思わず頭を抱える俺に、アルテミスが言った。 「それは、モデーラ様が呪文を唱えておられないからでは?」 「え、呪文?なにそれ?」  そんなものには全く心当たりがない。  そもそも呪文が必要なら、アルテミスはどうやって実物になったんだろう? 「精霊を宿らせるために必要な"カン・セイット"の呪文でございます」  え?完成?あれが呪文だったの?確かにアルテミスを作ったときに言った気がするけど、なんて偶然だろう……。 「じゃ、じゃあそれを唱えれば……」 「はい!モデーラ様とデール神のお力により、必ずやこのものに精霊が宿るでしょう!」 「そうか、じゃあ……あ、こいつが実物大になるとちょっと大きいから、後ろに下がって……」  アルテミスと一緒に荷物も移動させて退避する。 「では……"完成っと"!」  するとアルテミスの言葉通りにUH-1Dはまばゆい光を放って膨張し、全長約17.4mの実物になった! 「おおおお」  思わず感嘆の声が漏れる。 「モデーラ様、このものが……」 「ああ、そうだよ、これが……」  だがふたりの会話は突然別の声で遮られる。 「ようよう!あんたが俺っちのモデーラかい?早いとこ、俺っちに名前を付けてくんな!そうすりゃ、俺っちはあんたのためにどんなことでもしてやるぜ!まあ、俺っちにできることだけだけどな!ハッハー!」  ずいぶん陽気な精霊が宿ったらしい……。  ていうか人間型じゃなくても、ヘリコプターでもしゃべるんだ! 「なんと無礼な!作り主たるモデーラ様にはもっと敬意を払いなさい!」  あ、なんかそんな気はしたけれど、やっぱりアルテミスとはちょっとそりが合わないのかも。 「いやいやいや、俺っちだってこれでもモデーラさんには敬意を払っているんだぜ?それはもうバリバリに敬意払いまくりさ!ていうか、名前をくれよ!善は急げっていうだろ?今なら名前をくれればどこへでもタダで運んでやるぜ!?」  アルテミスはUH-1Dの陽気なしゃべりにかなりイラついている様子だ。 「まあまあアルテミス。陽気な仲間もいいじゃない」 「モデーラ様がそうおっしゃられるのならば……」  アルテミスは渋々ながら納得してくれたようだ。  さて、俺はUH-1Dに向き直ると彼の名前を考え始める。 「そういうわけで、君の名前だけど……」  うーん、やっぱり名前なんてそんなにすぐには思いつかないな……。 「よし、じゃあ……君の名前はヒューイだ」 「お?おお!?おおおおおお!ヒィィィィハァァァ!こいつはすげぇ!めちゃくちゃ力があふれてくる名前じゃねぇか!ありがとよモデーラさん!俺っち、あんたのことが好きになったぜ!もうぞっこんさ!」  まるで飛び跳ねそうなほどにテンションのあがったヒューイがそこにいた。 「ありがとうヒューイ、気に入ってくれたようでなにより。さあアルテミス、ヒューイに荷物を載せて出発しよう」 「はい、モデーラ様」  荷物をかき集めてヒューイに乗せると、俺とアルテミスは並んでパイロットシートにつく。  が……。 「さて……困った」 「モデーラ様、どうなさいましたか?」  考えてみれば俺はヘリコプターの操縦方法なんて知らなかった。  うーん、せめて自動車系の模型にするべきだったか? 「どうやって操縦したもんだか」 「ヘイ!ヘイ!ヘイ!モデーラさんよ!操縦ってなんだい?俺っちに仕事をさせたいなら一言命令すりゃいいんだぜ!そしたらあんたはそこでドーンと構えて座ってりゃいいのさ!」 「そ、そういうものなの?」 「さようでございます、モデーラ様。私たちはモデーラ様にお仕えするために存在しているのですから、なんなりとお命じください。そうすれば、我々はモデーラ様がそのように作られた限り、そのように事を成しましょう」 「なるほど……じゃあヒューイ、ここの東の方に人里があるらしいから、そこを目指して飛んでくれないか?」 「はぁ?『飛んでくれないか?』だって?あんたはもっとズバッと『飛べ』って言ってくれりゃあいいんだよ!まあ、そんなあんたも嫌いじゃないがね!じゃあ全速力で行くからな!振り落とされないようにしっかり掴まってな!」  そういうとヒューイはスターターを唸らせエンジンを始動した。  エンジンは次第に高い音を発し、ローターが回転を始める。  それが耳が痛いほどに高まるとふわりとした揺れを感じ、ヒューイが空に舞い上がった。 「!!!!!!!!」  アルテミスが隣で何か言っているが、エンジン音にかき消されてなにも聞こえない。  ふと見るとシートのわきにマイク付きのヘッドホンがかけてあるのを見つけた。  俺はそれを手に取ると頭にかけ、アルテミスに見せて指さして伝えた。  ほどなくアルテミスもそれを見つけたようでヘッドホンを頭につける。  俺はマイクを口元に引き寄せると話しかけた。 「アルテミス、聞こえるかい?」  アルテミスもすぐにマイクに気が付き返答してくる。 「はい、よく聞こえ……」 「ハッハー!ワリいねぇ、お二人さん!飛び立つ前に教えとくべきだとは思ってたけど、でもモデーラさんならそのヘッドセットに絶対気が付くと信じてたぜぇ!」 「ヒューイ、あなたねぇ」 「おいおい、怒ってんのか、アルテミス?よしなって、せっかくの美人が台無しだぜ!愛しのモデーラさんも、あんたが怒り狂って火を吹いてるところなんか見たかぁねぇさ!」 「くっ……」 「ところでさすがの俺っちでもこう暗くっちゃぁ、村だか町だかは見えやしねぇ。すまねぇが俺っちはフクロウじゃぁないんでね!まっすぐ東って訳でもないんだろ?だったらモデーラさん、どっちへ飛べばいいのか教えてくれねぇか?」 「俺も全然見えないよ。アルテミス、道案内を頼む」 「かしこまりました、モデーラ様……。ヒューイ、北に3度進路修正なさい。あとは都度指示します」 「了解アルテミス!じゃあ、いっちょいくぜぇ!」  ヒューイが機体を大きく前傾させるとみるみる加速していき眼下の森がどんどん後ろへ流れていくのが見えた。  こうしてこの訳の分からない地での俺たちの旅が始まったのだ。 「なあモデーラさんよ、音楽はいかがぁ!?地獄の黙示録とか、お好きなんじゃありませんかねぇ!?」 「いや、今はいいよ!」  ちょっと先が思いやられる気は、する。
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