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それから唯たちは、午前中いっぱいをリフト浴の介助を続けた。介助と言っても、背中を流すくらいで特に難しい仕事をさせられる事はなかった。
そこは猪迫さんがきちんと考えているようだ。ただ、リラックスできるように老人に声を掛けるように言われても、ふたりともなかなか自然に声を掛けることができない。猪迫さんはそれも承知しているようで、無理強いはせず、ふたりのフォローをしてくれる。
最後の方になると、唯も老人に自然と声を掛けながら背中を流せるようになった。
真由も朝のふてくされた態度は影を潜め、自分の仕事に集中しているようだった。
最後のひとりが終わると、ふたりとも汗が額や頬を伝っていた。猪迫さんが清潔なタオルを渡してくれる。
後の処理を他のスタッフに任せると、猪迫さんはふたりを伴って控え室に向かう。鍵を開けると、
「少し早いけれどお昼ご飯にしましょう」
と言い、給湯室に入りお湯を沸かし始める。
ふたりは促されるまま、端の椅子に座った。
「作業自体は、リフトがあるからそれほど大変じゃないけれど、浴室の蒸気で暑かったでしょう?」
猪迫さんはふたりによく冷えたペットボトルのお茶を渡した。ふたりは肯く。
「でも、最後の方はちゃんとおばあちゃんに声を掛けてあげられていたよ。やっぱり、優しい言葉を掛けて貰うと、おばあちゃんたちも嬉しいし。大丈夫。ちゃんとできていた」
猪迫さんは大袈裟な程ふたりを褒める。
ふたりは大したことはしなかったけれど、まあ、声を掛けられるようになったのは良かったと思う。
「それじゃあ、私はまだ仕事があるので。一時間くらいお昼休みを取って良いから、ゆっくりしていってね」
お茶が入った湯飲みをふたりの前に置くと、猪迫さんは部屋を出て行った。
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