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それは、そのフロアーの半分ほどの個室掃除をし終えたときだった。
多目的ホールの方で、何か騒ぎが起こっているのが聞こえた。
「あなたたちは、このまま仕事をしていて」
猪迫さんが整えかけたシーツを放り出し、慌てて部屋を出て行った。
好奇心に駆られてわたしも猪迫さんの後を付いていく。
ホールでは、ひとりの老婆が取り乱した様子で何ごとかを叫んでいて、周りを何人かのスタッフが取り囲み、落ち着かせようとしているようだった。
「どうしたの?」
「吉沢さんが…………」
駆けつけた猪迫さんに、スタッフのひとりが困惑の表情で答える。
「吉沢さん、どうしたの?」
吉沢と呼ばれた老婆は、しきりと廊下の先を指差す。
「子どもが。子どもがいる」
「子ども?」
猪迫さんは吉沢という老婆が指差す方をいぶかしげに見る。
「吉沢さん。まだ家族面会の時間じゃないから、お孫さんは来てないわよ」
「違うの! 見たこともない子どもがさっきから走り回っているの。みんな、子どもが走り回っているのに気がつかない」
「何言っているの。そんな子いないわよ」
猪迫さんは老婆の手を握り諭すように言う。
「お化けの子だ! お化け!」
吉沢という老婆がまた叫び始める。
猪迫さんは老婆の手を握りながら、うんうんと肯く。
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