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「ちょっと混乱しているようね。吉沢さんを個室に連れていってくれる?」
何人かのスタッフに指示を出す。
「さあ、他の皆さんは午後の予定がありますよ」
猪迫さんは他の老人たちに声を掛けた。
子どものお化け?
わたしは吉沢という老婆の言葉に首を捻る。
もしかしてマイ?
この老婆にマイの姿が見えるのだったら、わたしの事も見えるのかもしれない。
『どう? おばあちゃん、わたしは見えない?』
わたしは、スタッフに連れられた吉沢という老婆の目の前で手を振ったり、顔を近づけたりしてみたが、反応はいつもの通り。老婆の焦点はわたしに合わされることはなく、脅えた表情はわたしの存在には全く関係がない。
「猪迫さん。ちょっと来てください」
スタッフのひとりが慌てた様子で走ってくると、猪迫さんを呼んだ。
介護職員室の前の廊下に、何人かのスタッフが集まっていた。何ごとがあったのか、みんな一様に強張った顔をしている。
「どうしたの?」
「…………音が」
ひとりの若い女の子のスタッフが、脅えた表情でドアを指差した。そこはスタッフの控え室のドアだった。
「音?」
「私たち、介護職員室にいたんです。そしたら、控え室からドーンって…………」
スタッフが言い終わるか終わらないかのうちに、部屋の中から壁を叩くような音が大きく響いた。
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