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『あのー、わたしは………』
部屋の中央に突っ立っていたわたしは必死に考えを巡らし、今の状況を説明しようと口を開いた。
男は部屋に足を踏み入れた。
『何が何だかわからなくて。気がついたらここにいたんです』
男は辺りに視線を巡らす。
『自分の名前もわからなくて』
子どもが握った手に力を込める。
『………それで、この子も知らない子なんです。この子はお宅の子どもなんですか?』
男は黙ってわたしの話を聞いている。
いくら不法侵入だとしても、こんな小さな子どもの前で暴力は振るわないだろう。
男が冷静に対応してくれるのを祈った。
『何度も声を掛けようと思ったのですが、何だか怖くて………』
男はじっとわたしたちに、血走ったような目を向けている。
わたしはそれ以上言葉が出ない。
永遠と思えるような沈黙の時間が過ぎていった。
すると、男は首を捻り、大袈裟とでも言えるような溜め息をついた。
「何なんだよ、もう………」
男は独り言のように言うと、くるりと後ろを向いて部屋から出ていった。
―――どういうこと?
目の前にいるわたしたちを無視した?
繋いだ手が引っ張られる。
子どもを見ると、わたしを見上げてニコリと笑った。
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