見知らぬ家

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 周りを見回した。  見知らぬ部屋の中だった。  部屋には灯りが点いていない。  だが、降り注ぐ月の光で辺りはよく見える。  一番初めに目を引いたのは小さなベビーベッド。ベッドの中は可愛い布団が敷かれ、毛布がその上にたたんで置いてある。  目の前の子どもの物なのかとも思ったが、それにしてはベッドが小さすぎる。  隣には小さなタンス。  タンスの上には、動物を模ったガラス細工のミニチュアが何個か飾られていて、冷たい光を放っていた。  そして、オフホワイトの壁紙。  壁に掛けられた風景写真のカレンダーには、何か特別な日なのか赤丸で印が付けられた日がある。  窓の反対側には、押入の襖と、その横にドア。  六畳ほどの、あまり物が置かれていないので質素に見えるが、一目で子どもがいると思わせる部屋だった。  だが、いったいここがどこなのかは全くわからない。  見たこともない部屋の中。  そして、見たこともない子ども。  再び白い月に目を向ける。  改めて見ると、最初の印象と違って、月は暗い空に遠く小さく浮かんで見えるだけだった。  なぜあんなに巨大に見えたのだろう。  そして、気が付いた。  自分の名前が思い出せない。 『え? え?』  思わず声が出てしまった。  高く細い声。  だが、その声にも全く覚えがない。
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