最強の配達娘

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 明世は、ママチャリを止めた。配達も、あと一軒を残すのみだ。もう夕暮れ時になっており、空にはあかね色の雲が見える。ここから先は、悪路のために歩かなくてはならない。  背中のリュックから荷物を取り出し、明世は進んでいく。彼女の歩いている道の端には、大小さまざまな種類の木が生えている。風が吹くたびに、枝や葉が微かな音を立てていた。それ以外の音は聞こえて来なかった。人の姿もない。今、この道を歩いているのは明世だけである。  突然、ガサリと音がした。明世は、ビクリとして足を止める。どうやら、今回も平穏には済まないらしい。 「ニャッハー! 配達娘、今日こそ捕まえてやるニャ!」  おかしな叫び声とともに現れたのは、小学生くらいの年齢の可愛らしい顔をした少年だ。黄色いTシャツを着て、黒い半ズボンを履いている。ただし、そのおかっぱ頭には猫のような耳が生えていた。  この少年は猫耳小僧、妖怪である。 「配達娘! 今日こそ、お前を捕らえてやるワン!」  続いて出て来たのは、犬の妖怪・送り犬である。姿は柴犬に似ているが、流暢に喋ることが出来るのだ。明世を、じっと睨みつけている。  明世は、引き攣った表情で両手を上げた。敵意はないよ、というジェスチャーである。 「あのね、僕は荷物を届けに来ただけだから──」 「問答無用ニャ!」 「僕たちを見て怖がらないなんて、生意気だワン!」  二匹の妖怪は、同時に飛び掛かって来た。明世は地面を転がり、両者の突進を躱す。もちろん、荷物には傷ひとつ付けない。   猫耳小僧と送り犬は、空中で正面衝突した。そのまま地面に倒れている。  その隙に、明世は走り出した。だが、目の前に巨大な壁が出現する── 「ニャハハハハ! カベドンに助っ人に来てもらったニャ!」 「これで、お前も年貢の納め時だワン!」  後ろから、二人の声が聞こえた。となると、この壁も妖怪か。高さは十メートル以上、横幅は道いっぱいだ。しかも水平で傷ひとつなく、手足を引っかけられそうな部分はない。  かといって、避けて通っていては時間をロスする上、妖怪たちに捕まってしまう。なにせ、あの二人は人間より足が速いのだから。  ここは、一か八かだ……明世は、カベドンに飛びつく。  さらにカベドンを蹴り、側の大木に飛び移る。  直後、大木を蹴り、カベドンの頂上に飛び乗った── 「なー! なんて奴だニャ!」 「す、すごいワン!」  妖怪たちが叫ぶ。明世はカベドンを滑り降りていき、そのまま駆け出す。  全速力で走り、目指す場所に着いた。平屋の一軒屋であり、古いがしっかりした造りである。  リュックから荷物を出し、近づいていく。だが、足が止まった。引き戸の前に、一匹の黒猫が寝そべっているのだ。つまらないものを見るような目で、明世を一瞥する。  仕方なく、引き攣った笑顔で口を開く。 「あの、猫ちゃん、君も妖怪なのかな──」 「猫ちゃんとはなんだニャ! あたしは、二百年も生きてる化け猫のミーコさまだニャ! 人間の分際で、失礼な小娘だニャ!」  怒声を浴びせる黒猫。直後、尻尾で地面を叩いた。びしゃりという音が響く。よく見ると、尻尾は二本生えていた……。  その時、引き戸が開いた。中から、優しそうな顔の老婆が姿を現す。眼鏡をかけ、ちゃんちゃんこを羽織っている。 「ちょっとミーコ、明世ちゃんを怖がらせちゃ駄目じゃない」  ニコニコしながら、老婆は言った。ミーコは、フンと鼻を鳴らしそっぽを向く。  この老婆、名を水木茂子(ミズキ シゲコ)という。かつては作家をしていたが、今は隠居している。なぜか妖怪と仲がよく、彼女の周囲には常に数匹の妖怪がいる。 「明世ちゃん、いつもご苦労様。はい、サインね」  にこやかな表情で、水木は伝票にサインする。  その時だった。いきなり巨大な影が射す。明世が振り返ると、カベドンと猫耳小僧と送り犬が、家から少し離れた位置にひとかたまりになり、じっと彼女を睨んでいるのだ。 「えええ……まだ来るの……」  明世はげんなりした。が、ミーコが妖怪トリオを睨み、尻尾をびしゃりと鳴らす。 「お前たち、いい加減にするニャ!」  一喝すると、妖怪トリオは慌てて逃げて行った。どうやら、ミーコは彼らより偉いらしい。明世は、ニッコリ微笑んだ。 「ありがとう、ミーコちゃん──」 「ミーコちゃんとは何だニャ! あたしは三百年も生きてる偉い化け猫さまだニャ! 本当に、礼儀を知らない小娘だニャ!」  今度は、明世に一喝したミーコ。尻尾が、びしゃりと音を立てる。明世は、慌てて頭を下げた。 「ご、ごめんなさい。でも、さっきは二百年って言ってたけど……」  その途端、ミーコがじろりと睨む。明世はさっと口を閉じ、水木に頭を下げた。 「あ、ありがとうございました。失礼します」  三十分後、明世はコンビニのイートインスペースにいた。椅子に座り、額をテーブルにくっつけている。 「明世ちゃん、今日も大変だったみたいだね」  顔見知りの店員である入来宗太郎(イリキ ソウタロウ)がそっと声をかけると、明世は額をつけた状態で右手を上げた。 「本当に大変でした。この町は、バケモノばっかりが住んでるんですよう。もう疲れました……」  うつぶせ体勢でぼやく明世を見ながら、入来はそっと呟いた。 「いや、君も充分にバケモノだから……」
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