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Ural region Russia / Dec 8th 19:18(Local Time)
花崗岩を積んだ厚い壁を通しても、ホールの音楽が聞こえてくる。毛足の長い絨毯の上にわずかに冷気の流れるのを感じるが、部屋そのものはしっかりと暖房が効いていて寒くはない。部屋の中央には、座る者をゆったりと受け止める作りの良いソファが、そして壁の一方には、好きなだけ自由にやれとばかりに、大量のティーセットと軽食が用意されている。同様の部屋が数十とあるはずだ。これで従者の控え室、それもたったふたりで使っていいというのだから、この城の財力がしれようというものだ。
それでもホールの方は、ここよりももっと、きっと暑いくらいに暖房が効いて、賑やかな音楽と美味い料理、美味い酒、それらを給仕するポーターがまわり、招待客で溢れかえっているのだろう。
「どうしてこう、不公平かねぇ」
ドッジは口の端で呟いた。
耳の奥にザッと微かなノイズが入り、男の声で返事がはいる。
『この城のボスが、この辺りの連中から巻き上げてるからだ。聞いただろ』
部屋にいるのはドッジだけだ。同室をあてがわれたもうひとりの男は、簡単な自己紹介を済ませたあと、トイレだと言って出ていったまま戻っていない。ひとりきりの部屋で、それでもドッジは口を動かさず、吐息にすら乗せぬ呟きを返す。
「俺が言ったのは、俺とお前の関係だよ」
誰にも聴き取れない呟きも、奥歯に埋め込まれた骨伝導マイクとスピーカーは明瞭な音声のやり取りに変えてくれる。
『なんだ、そのことか。まったく同意見だ。こっちはダンスをせまってくる太ましいご婦人をかわして、どうやってターゲットに接近しようか四苦八苦してるっていうのに、お前はのんびり控え室に座っていればいいんだからな。面倒な役回りは、いっつも俺だ』
ドッジは言い返したくなるのをこらえながら、
「なら、とっとと済ませて帰ろうぜ」
そう言って窓辺へと寄った。
雲行きを気にする風を装いながら外を見まわす。強く雪が吹きすさぶなか、ここから見える範囲だけでも歩哨が二。それぞれが肩から自動小銃を下げている。いま目の前をもうひとり通り過ぎた。こいつはドーベルマンを連れている。犬は苦手だな、とドッジは思い、そして相棒からの反応が返っていないことに気づいた。
「おい、どうかしたのか、エイジ」
『準備しろ、いまから動く』
打って変わったエイジの声に、ドッジの顔もひきしまった。
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