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カリフォルニア州サンノゼ。シリコンバレーの首都とも呼ばれるこの都市には、いくつものコンピュータ・ICT関連の巨大企業が拠点を置いている。
メモリやプロセッサなどのハードウェア、大規模なビジネスプラットフォーム、エンタープライズビジネス用の巨大アプリケーションから個人向けミニゲームにいたるまでのあらゆるソフトウェア、そして世界規模のインフラストラクチャーを担うコミュニケーションサービスやネットワークテクノロジー。それらが日々、研究、開発され、無数の特許によるロイヤリティが莫大な利益を生んでいる。
それらコンピュータ産業がひしめくこの都市の一画に、二十五階建てのタワービル「ナセルタワー」がある。ここには様々な業種のテナントが、周囲からはじき出されたかのように寄り集まっている。証券会社や輸入商社、保険会社、セキュリティサービス、コンサルタントビジネスなどがインデックスに名を連ねるいかにもビジネスセンタービルと映るが、実のところ、それらはすべてアメリカ空軍の関与する、あるいはAMIAがその活動の際に隠れ蓑として利用するための偽装された企業法人だ。ビルを所有している総合土地開発企業ティアッツ・エンタープライズもAMIAによる偽装企業であり、このビルの十一階からうえはAMIAの本部施設として、秘密裏に改装されている。
アメリカ空軍に所属する諜報機関AMIAは、サンノゼの中心地に堂々と姿を隠している。
そのナセルタワー二十二階の作戦部フロアを、AMIA最高責任者ボロー空軍大将が歩いている。フロアはいくつものガラス戸で区切られ、それぞれが作戦チームのブースになっている。AMIAの任務は、世界中の政治、経済、事件、事故に関する情報分析をおこない、そして必要な世論操作と経済的・軍事的な干渉をかけていくことだ。すべてはアメリカのために。有名になりすぎたCIAなどとは違い、AMIAの存在は秘匿されたままであり、その果たすべき役割は、いま大きい。
ボローの姿を見て、ブースからひとり顔を出した。エイジたちの作戦を担当しているブースだ。
「閣下、三人がメルバに入りました」
ボローは身振りで沈黙を促してから、そのブースに滑り込んだ。ファーガソンの姿も、そこにあった。
「予定通りだな」
「はい、詳しいことはわかりませんが、さっそく現地の女性と接触した、とのことです」
「それも、いつも通り、か」
ボローは小さく笑うと、新しい動きがあれば直ちに報告するよう命じ、ブースを出た。AMIAが果たすべき役割を考えれば、ひとつのミッションだけにかまけてはいられない。中央アジアの政情はいまだ不安定であり、ヨーロッパからはテログループの拠点と疑われるポイントがいくつも報告されている。エネルギーをめぐる駆け引きは永遠に続くだろう。すべてはアメリカのために。
しかし、ボローにとっては、世界中のどんな問題よりもメルバという小さな島が重要だった。
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