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エイジたちを乗せた錆だらけの四人乗りが、ジャングルへ向かって走っていく。落ちはじめた太陽に土産物屋は店じまいを始め、あれだけ並んでいたボトルカーも姿を消している。山道を登りはじめるとすぐにアスファルトはとぎれ、固く踏みしめられた赤土の未舗装路になった。道の両側にはバナナや椰子の耕作地が続いているが、それもやがて原生林へと変わる。
ハンドルを握るジョアは、すこしでも凹凸を避けようとしているが、舗装されていない道はあちこちに大きな石や穴があって、車はガタゴトとおおきく揺れる。エイジたちはそれにあわせて陽気に振る舞いつつ、同時にAMIAの本部で見せられた秘密滑走路の写真を思い出していた。
こんな風にジャングルを切り開いた滑走路がこの島のどこかにあり、そこから核を積んだ戦闘機が飛び立とうとしている。ここは敵地であり、二人は秘密工作員として軍事作戦のさなかにある。楽しげに振る舞ってみせても、バカンス気分ではいられないのだ。
やがて切り開かれた高台へでた。よく耕作された広い畑と、薄墨色の夕空が美しくひろがっている。
平地の隅に、森に接するようにして八軒ばかりの石造りの小さな家がある。どれも簡素な平家だが石積みはしっかりと組まれ、堅牢な造りに見える。赤土の道の両側に身を寄せあうように並び、一屋だけは家人が絶えたのだろう、雑草に覆われている。
いちばん奥に、ひときわどっしりと構えた家があり、道はそこへ突き当たって終わっている。その家がモモカたちの住まいだった。石垣が腰の高さに積まれ、囲みのなかには鶏とヤギが見える。
高台へ上がったせいか、風が涼やかに吹き寄せている。すでに太陽は集落を囲む森よりも低いが、振り返ると中央火山はまだ光を受けてオレンジピンクに染まっている。
空にバラバラと音が響き、樹林を超えてプロペラ機が上がっていく。モモカたちの家の背後、密林を挟んだ向こう側にメルビア空港があるようだ。
ジョアが先に立ち、木戸を開ける。暗くなった家に明かりを灯す。
「どうぞ。何もない所ですが上がってください。ああ、母さん、ただいま戻りました」
背の高い女性が、奥から現れた。ピシリと背筋を伸ばした、鋭さのある立ち姿と眼差し。その顔には深いシワが刻まれている。
「その二人は?」
「外国の方です。モモカが世話になって」
「そうなの。あたしがバッグを、あの、無くしそうになって、それを拾ってもらったのよ。それでお礼に食事に招待したの」
「……そうかい」
「メルバは返さなきゃ。でしょ」
「わかったよ」
そのまま母親が奥へ引っ込んでしまうと、ジョアは申し訳なさそうに言った。
「すみません、愛想のない母で」
「なぁに。どこの国でも、外国人ってのは警戒されるものさ」
「そうです。なにも気にするような事じゃありませんよ」
それでもジョアとモモカはバツの悪そうな顔をしている。
「それよりさー、モモカちゃんは、なーに食わせてくれんの。俺、腹減っちゃったよ」
モモカとジョアは、はっと顔を上げる。
「そうね。兄さん、畑から野菜採ってきて。あと今日は魚ある?」
「いや、今日は港のあがりが少なくて、手に入らなかった」
「そっか、じゃあどうしようかな。あるのは芋と卵とパクチーと……」
外の木戸が開く音がした。五十前後の男性が遠慮もなく入ってくる。
「おや、お客さんかい。ちょうど良かった。今日は大漁だったもんだから、持ってきたんだよ」
手にしたザルのなかに、型の良い魚とホタテが入っている。それに続いて、なん人もがぞろぞろと入ってきた。
「イモが安かったんで、買い過ぎちまったんだが」
「お客さまだと聞いたので、バターをお使いにならないかと」
「今日はやたらと牛が乳を出してな」
あっという間に食材の山ができあがる。気圧されているモモカの横に、ジョアが立った。
「皆さん、やめてください。こんなことをされても困ります」
「なにを言います。かつていただいたメルバをお返しているだけではありませんか」
「そうです。それに、この家へ来た方に失礼をするわけにはいきません」
「ですが、こんなことをされても」
「私どもの気持ちは、これでも足りないくらいです」
貰えない、貰ってくれと、目の前でつづく押し問答に、エイジとドッジが顔を見合わせていると、
「なにを騒いでいるのです!」
迫力のある声が響いた。部屋にいる全員が直立して動きを止める。おそるおそる振り向くと、モモカの母親が厳しい顔で立っていた。その貫禄ある姿に、前列の一人が反射的に片膝をついたほどだった。初めに魚を持ってきた男がそれを立ち上がらせ、前を向いた。
「申し訳ありません、ハザさま。お客様がお見えのようだったので、なにかお役に立てればと、つい……」
「そうなんです。ラウラの家にいらした方となれば……」
ハザに、ジロリと目を向けられた男は、それだけで黙り込む。
「なんども言っているはずです。私たちを特別扱いしないように、と」
うなだれる一同を見渡してから、ハザはモモカへ向き直った。
「厚意を踏みにじってはなりません。必要な物だけ、ありがたく頂きなさい」
「はい」
モモカは全ての食材を見回すと、あごに指先を当てて少し考え、全員から少しずつ取り分けていく。ハザはいちど下がったものの、すぐに何かをしたためて戻ってくると一人ひとりに手渡していく。村人たちは手のひらを振って受け取れないと言っているが、ハザは頑として譲らなかった。
まるでお通夜のようになって、村人たちが帰っていく。最後の一人が帰ると、ハザはエイジたちに向かって深々と頭を下げ、何も言わずに下がっていった。エイジは、ふー、と息をついた。
「なんか、すごい迫力だったな」
「すみません、お見苦しいことになってしまって」
「ご近所さんはみんないい人だってことだろ」
「ですが、本当は私たちはこういうのはあまり……」
「それに純粋な善意だけじゃないとおもうし……」
「それはどういう意味ですか?」
「それは……」
ドッジの問いかけに二人は口よどむ。部屋に気まずい沈黙が訪れた。
突っ立ったままの四人。扉もない開け放ちの入口から、涼風が部屋へと流れ込む。虫の声が風にのって響き、そして、
『ぐぅぅ』
エイジが大きく腹を鳴らした。
全員が思わずエイジを見やる。
「なはは、ゴメンゴメン。オレ腹減っちゃってさ」
いっきに場が動き出す。
「ごめんなさい、すぐ支度するから」
モモカとジョアはバタバタと動き出す。エイジとドッジはようやく質素なテーブルへと腰をおろした。
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