幸せに満ちる島

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「いやー、うまかった」  ドッジが満ち足りた顔で太った腹をさする。モモカの料理はたしかに見事だった。  香草をつめて蒸しあげた魚に、ホタテのソテーと採ったばかりの野菜が添えられ、バターとヤギのミルクから作ったソースがよく合った。スープはメインの味と対するように軽い酸味が付けられ、浮かべられた香草は熱帯の国らしくスパイシーでありながら涼感も備えていた。パンも丁寧に挽かれた良い粉を使ってあり、全粒粉ながらしっとりときめ細かく、口に入れると強い麦の味と香りが広がった。 「ああ、本当に。お世辞じゃないぜ」 「喜んでもらえてよかった」 モモカが嬉しそうに顔をほころばせる。 「こんなに美味い夕食をいただいて、かえって申し訳ないくらいですよ」 「気にしないでください。メルバは返さないと」 「なぁ、その『メルバを返す』ってなんだい? この国の名前がメルバ共和国だよな」 「ええーっと、どう言えばいいかしら」  言葉を探すモモカの隣りで、ジョアが身を乗り出した。 「メルバという言葉は、実りとか豊かに広がる、といった意味を持ちます。そして、この国では、誰かになにかしてもらったら、それより大きなものを返しなさい、という教えがあるんです。それを、メルバを返す、といっています」 「借りを作るなってことか?」 「すこし違いますね。いまこの瞬間があるのは、かつて受け取ったもののおかげだという意識付けでしょうか」 「そう! だから、かつて貰った幸せは大きくしてお返しするのよ」 「でも、これじゃ返されすぎだ。返してもらったメルバをまた返さなきゃならないぜ」 「それなら、また誰かにメルバを与えてください。その人も、また大きくして返してくれるはずです」 なにかをもらったら、それ以上のものを返す。赤字収支とも思えるが、おそらく言いたいことはそうではないのだろう。誰かを幸せにすれば、いつか返されるメルバで自分はもっと幸せになれる。なんの保証もなく、そう無条件に信じられる精神こそが幸福なのだろう。 のどかな国だ、とエイジは思う。アメリカでは、まずは自分の幸福をもとめ、それが叶ったなら幸福のおすそ分けをすればいいと考えるが、この国では先に誰かを幸せにした方が、自分も幸せになれると考えるのか。分け与えれば、いつかもっと大きなお返しがある──純朴に他者を信頼し、奪い合わすに生きられるのなら、それも豊かな暮らしかもしれない。メルバというのはそういう意味なのか。 だが、風習や国民性と国家間の力関係は別問題だ。この国の指導者は、軍事力の強化を図り、アメリカへの核攻撃を目論んでいる。それを許すわけにはいかない。 「ふたりはいつまでいるの?」 エイジたちの心の内には気づかず、モモカは明るく話を振ってくる。 「もしよかったら、明日はきちんとどこか案内したいわ」 「ああ、よろこんで。いいよな、ドッジ」 「もちろん」 「どこがいいかしら」 「海!」 「工場!」 「はぁ!? なんで工場なんだよ!」 「俺たちはビジネスマンだ。現地調査だ。この国はどういう開発が進んでいるのか、生産力はどのくらいか、メルバ国民はどんな考えをもっているのか、そういうことを調べなきゃならない。ジョアさん、明日はこの国の発展を象徴するような場所に案内してくれませんか」 「なーに言ってんだ。発展の度合いっていうのはな、人間の生活に現れるんだ。ここの人たちが、どのくらいハッピーな生活をしてるのか、海に行ってそれを確かめる。それこそが現地調査だ。モモカちゃんも、そう思うでしょー」 「おまえな」 「なんだよ」  二人のやりとりにもすっかり慣れたモモカは、 「それじゃ──」 パンっと手を打った。 「午前中に工場地帯、午後は海、それでどう」 「えー、そんなにあちこち回ったら、ボク虚弱体質だから疲れちゃうー」 「はいはい、大丈夫ですよ。海も山もすぐそこの、小さな島なんだから」 モモカがそう言ったとき、電球が揺らぐように明度を変え、ふっと消えた。
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