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厳冬のウラルに建つこの古城は、築城から四百年が経っている。帝政ロシアよりも古くからあり、代々の城主はこの地方の領主として、穏健に村を治めてきたという。ソビエト革命によって支配階級である『領主』という身分は否定されたが、その後も村人は変わらぬ信頼を寄せ、城主が村をまとめ代表するという関係は変わることがなかった。
十年前にいまの城主が跡を継いだときもそれは変わらなかったが、若き彼には才覚と野心も備わっていたのだろう。ソビエト連邦が崩壊しロシアが自由経済を認めると、直ちに大規模農業組合を立ち上げ、巨額の投融資によってまたたく間に辺り一帯の取引を独占してしまった。それまで狭い地域で閉鎖的な経済循環を続けていた村々が、まるごと一つの巨大企業へ、あっという間に姿を変えたのだ。
広大なウラル山脈の麓で生産される大量の麦や乳製品、肉類、リンネルをほぼ丸ごと手中にし、それらを山脈を越えて東へ西へと流通させていく。さらに天然ガスとウランの採掘権も獲得した城主は、それによって西側諸国のマーケットとも深い関係を築くことに成功した。
自由経済にいち早く対応し、成功をおさめたやり手の農業経営者──国内外のエコノミストはそう城主を評価したが、しかし村人たちはそう思ってはいなかった。地方の伝統や風習、のんびりとした牧歌的生活をこれまで守ってきたはずの領主が、いまはそれらを破壊しながら巨万の富を手にしている。
村人のなかから城主を批判する者が現れるのは当然だった。しかし、その者たちは決まって不幸に見舞われるのだ。
ある者は悲惨な事故にあい、ある者は行方不明となり、なかには家族全員が理由もわからず失踪した家もある。とつぜん掌をかえして城主を賛美しはじめ、華美な生活を始めた者もいる。
その富と人脈はいまや金融機関や地元警察にまで伸び、州政府もたやすく手を出せないほどの影響力となった。生産物も南方のイラクやウズベキスタン、トルクメニスタンとの取引が増え、帰りがけには中央アジアからのアヘンが持ち込まれている。
ピラミッド型の組織構成、カネと麻薬による支配、それでもなお逆らおうという者には、死の制裁すら厭わない──もはや無視することのできない新たなロシアンマフィアの台頭として、アメリカ政府は監視活動を開始した。
危機対応情報局AMIAに所属するエイジとドッジに課せられた任務は、可能な限り組織の実態を掴むこと、そしてなにより城主の“現在の顔”を入手することだった。
窓から離れ、ドッジが部屋へ向きなおると、同時に男が入ってきた。さきほどトイレだと出ていった、おなじ控え室を割り当てられた男だ。フランスの新エネルギー会社の社員を名乗っていたが、この顔はどこかで見たことがある。イギリスの、おそらくGISの人間だ。きっと目的も同じだろう。狭い業界だからな、とドッジは思った。
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