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パーティホールは、吹き抜けにした一、二階の空間に、張り出したテラスをぐるりとまわした劇場型だった。表向きは巨大農業企業であるこの城との取引を求めて、各国のビジネスマンが群がっている。もっとも、大半の者は裏の顔も知っていて、そちらでの取引を望んでいる連中もいるはずだ。表と裏、様々な思惑が騒々しく満ちるなか、エイジは人波を縫い歩きながら、ずっとひとりの男を目で追っていた。
左舷に張り出したテラス席の一角から、ひとりの男が下階の人間を睥睨している。背後にふたりのボディガードを従わせ、時折なにか指示を出している。初めはあれがボスかと思ったが、どうも違うようだ。エイジが見ている間にすでに二回、どこかへ電話をかけ、なにか指示を仰いでいる。ボス自身はこの会場に姿を現していないのだ。だが、あの男は、間違いなく高いポジションにいる。アンダーボスか、その一つ下か……。
男が半身をひねり、背後に立つSPになにか耳打ちした。SPは一礼すると、ホール下階へと降りてくる。男は、もうすることはない、という顔で立ちあがると、前後を部下に挟まれて、背後のドアから出ていく。あの後を追えばボスのところへ近づけるだろうが、しかし、あのドアはどこへ通じているのか。作戦前に見せられた城の見取り図は、どこもかしこも ──unknown── ばかりで、まるで役に立たないものだった。どうにかしてこのホールより上の階へあがり、城の内部を進まないことには手が打てそうにない。そう思ったとき、
「エイリシアさまぁぁー!」
エイジはぎょっとして振り返った。
豚が二足歩行へ進化を遂げたのかと思うような中年の女性が、人波を突き崩しながらエイジへと向かってくる。
「見つけましたわ、愛しい人」
甲高い声を上げ、エイジの袖をつかんで膝をつく。
「もう逃げないでくださいまし。どうか私の愛を受け止めて。ああ、エイリシア、私たちは運命の鎖で結ばれているのよ」
騒々しい振る舞いに、周囲から好奇と愉悦の混じった視線が向けられる。
「ああっ、マダム。どうか立ち上がって。お手をお放しください」
「いやよ、いやいや。手を放せば、あなたはまた人波にまぎれてしまう。さっき約束したじゃない、私と踊ってくれると。お願いよ、エイリシア。どこにも行かないで」
マダムが激しくかぶりを振り、首もとの宝石がジャラジャラと揺れる。
「わかりました、わかりましたから。さあ、まずは立ち上がって。私はどこにも行きませんから」
「では、私を愛してくださるのね!」
どうしてそうなる。
「マ、マダム、そんなことを言っては、私はご主人に殺されてしまいます」
「主人はもう何年も前に死にましたわ。だから愛する人、私はあなたにすべてを捧げます。土地も屋敷も宝石も、そしてこの身体も、すべてあなたの好きにしていいのよぉぉ!」
マダムがドレスの胸元に手をやり、大きくはだけようとする。なに考えてんだ、こんな大衆の面前で。
胸元を引き裂こうとする両手を取って動きを止める。豊満すぎる乳房に、指がムニュっと沈む。ひぃぃ、き、気持ちわるうぅぅ。
「ま、マダム、マダム、マダム。どうか、どうか冷静に。僕たちわ今夜出会ったばかりではないですか」
「そんなの関係ないわ。出会うのが遅すぎたほどよ」
さっきのSPが人波の間からこちらに目を向けている。まずいまずい、これ以上目立つわけにはいかない。
「ま、ま、マダム、僕も同じ思いです。そう、僕たちは、もっとはやく出会うべきだった。貴女と出会えなかった今日までの日々を呪いたい」
手を取って、えいやっと顔を近づけると、マダムは大きく目を見開いた。
「ああ、エイリシア、私たち……」
とろんとした顔から荒い鼻息が噴き出す。背筋をゾワゾワが這い上がる。
「で、ですが、マダム。熱しやすいものは冷めやすいと申します。この愛もゆっくりと熱していきましょう。僕は逃げも隠れもしません。明日、使いの者を送ります。僕の家に招待します。だから、今夜は、このまま……」
「イヤよ、イヤイヤ。そう言ってあなたもどこかへ行ってしまうんだわ。もう絶対はなさない!」
「ああ、ちょっと、もうはなして……」
がしっと組みつかれ、涙目になりそうなエイジの後ろから、
「失礼。マダム、どうかなさいましたか」
あのSPが声をかけてきた。やばい、やばい、やばいよ。
「ねぇ、あなたからも言ってちょうだいよ」
マダムがSPへと詰め寄る。
「なにを、でしょうか」
「この人に私と……」
そこでマダムの手がひょいと動き、横を通り過ぎようとしたボーイのトレイからグラスを取り上げるとガブリと飲み干し、トン、とグラスが戻される。
なにが起こったのかと唖然としているボーイに、SPは顔色ひとつ変えずに顎をしゃくる。我に返ったボーイは、素知らぬ顔で歩き出す。
マダムは一つゲップを吐くと、噛みつかんばかりにSPに顔を寄せ、泣き声を上げた。
「言っでよぉ、この人にィ、わたじど、結婚じろっでぇぇ……」
酒くさい息を吹きかけられ、さすがにたじろぎつつもSPは同情の目をエイジに向けた。
「お気持ち、お察しします」
どちらに向けたのかわからない言葉のあと、
「どうでしょう。上に部屋を用意しますので、落ち着いてふたりでお話しされては」
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