第一話

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第一話

 ただ純粋に綺麗で美しいと─岩渕夕美(いわふちゆうみ)は思った。   毎日目まぐるしく変わっていく世の中で、空はいつでもそこにいて記憶の中の姿のままだ。  空を眺めたのなんていつぶりだろうか?  正月明けから会社に缶詰め状態だったから外を歩いていても、電車に乗っていても空の色を確かめる心の余裕がなかった。見るのは同僚からのつまらない誘いや、上司からのお小言が浮かぶスマホの画面くらいだった。  人付き合いが苦手かと聞かれたらおそらく違うだろう。友達は沢山いるし初対面の人と話すことも別に苦ではない。むしろ人と話すことは好きだと思う。 ただ今は正直、誰とも話したくない。 電車から降りて腕時計に目をやると午後9時を回ろうとしていた。 猛烈にお腹がすいた。 しかし、こんな時間だ。スーパーはすでに閉店しているだろう。ギリギリで間に合ったとしてもすぐに食べられるような惣菜類は完売していること間違いない。家に帰って一から作る体力は正直、身体のどこを探してもありはしない。 適当に冷蔵庫の残りものでも食べよう。  私が一人暮らしをしているマンションの最寄りの駅のホームには、誰の姿もない。 珍しいことではない。 いつも通りの風景だ。 でも今日はこの風景が何故か物足りないような...少し寂しく感じた。 きっと疲れているせいで、人肌が恋しくなったのだろう。 実家を離れてもう一年と少し。数年前まではどんなに疲れて帰っても、母が「おかえり」と出迎えてくれた。温かいごはんを作ってくれて、何でもないような話を気のすむまで聞いてくれた。 よくケンカをして家出もしたけど、今となっては家で待っててくれる存在の有り難みが身にしみてわかる。 とにかく早く家に帰ろう。 今日は冷え込む。そういえば、昨日のニュースで今夜は雪が降ると言っていた。いつもは天気予報なんて観てもたいして記憶に残らないが、昨日のはたまたま覚えていた。なんでも、天気予報を伝える女性アナウンサーは雪が降るとか言いながらミニスカート姿で足を震わせていた。雪が降るならその生足やめなよ…なんて思わず苦笑いを溢したのを鮮明に覚えている。  改札口を通ってふと待合所のほうを見ると隅に隠れるようにして男の子が立っていた。 学校のジャージだろうか、紺色の上下に、グレーの着古したようなパーカーを着て、これまた学校のものと思えるリュックを背負っている。この寒さの中コートを着ていない。 身長と容姿からしておそらく…中学生くらいだと思う。いずれにしてもこんな時間に出歩いていいような年齢ではないはずだ。とりあえず、声をかけてみようか。 私が待合所のほうに向かっていくと私に気づいたであろう男の子は、嫌そうに眉をひそめた。しかし、ここまで来て引き下がれない。私はゆっくりと男の子に近づくとできるだけ優しく尋ねた。 「ねぇ、あなた未成年でしょう?こんな時間にどうかしたの?」 「......。」 男の子は俯いたまま言葉を発しない。 「終電なくなっちゃったけど大丈夫?」 「......。」 どうしたものか…。他人の子とはいえ、このまま放置していくのはダメだ。 しかし、話しかけても返答がないことにはどうしようもない。とりあえず、駅の係員に伝えるしかなさそうだ。 「ちょっと待っててね。」 そう言って男の子の側を離れた。  
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