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「総司さん」
眠り続ける沖田に女の子は声をかけた。
からりとよく晴れた朝だった。
青く燃える空。
子供達が笑いながら通りを走り抜けていく。
打ち水をする近所に住む老婆。
お洒落な着物に身を包む町娘。
青々とした生け垣と、きらきら輝くささやかな池。
葉ばかりとなった桜の木の枝は初夏の風を浴びて歌うように揺れている。
それらを何処か遠い世界のことのように感じながら、女の子は沖田の傍に座っていた。
部屋の中はまだ日差しが届かず日陰に覆われていた。
あまりに静かだ。
沖田はあれからずっと眠り続けている。
何度か喀血したものの意識は戻らなかった。
弱々しい呼吸を繰り返す沖田は、恐らくもう……。
「総司さん、あのね……」
もっと時間があれば。
もっと早く自分の心を言葉に出来たら。
話したいことは沢山沢山あるのだ。
でももう終わり。
女の子は笑った。
それは今まで見せたどの笑顔よりも優しい笑顔だった。
「ーー……」
あの夜から持ち続けていた本当の気持ちを、彼に。
さらりと心地良い風が通り抜けた。
その時何処からかふいに沖田の声がーー。
なんて御伽噺のようなことが起こるわけもなく。
ただ静かに沖田の寝息だけが部屋の中を満たしていた。
もし意識があったなら、彼は何と言っただろう。
聞けないことがとても残念だ。
でもその静かな寝息に女の子は救われた。
「おやすみなさい、総司さん」
どうか、このまま。
「良い夢を」
その瞬間、沖田の表情が一気に安らかになった。
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