15人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「はい、こちら……警察です」
電話にでたのは、トーンの高い声の人だ。なんとか警察と言っていたけど……聞き取れなかった。一応、なんとか警察と言っていたから警察なんだろう。でも、受付の人のしゃべり方はまるで機械だった。ほんとうにここで大丈夫なのかなと花奈は不安がよぎる。
しかし、そんなこと構っている暇はない。見つかってしまうかもしれない。
そうなったら……もし、捕まったら、わたしも口を裂かれるんだろうか。
「助けてください!」
花奈はうまく声が出せなかった。
さっきまで走っていたせいで、呼吸が荒いのだ。
「どうしましたか?」
「く、くち、くち、口裂け女が追いかけてくるんです。た、た、た、たすけて」
「ちょっと……お待ちください」
受付は冷静だった。
まるで慌てているわたしがバカみたい?
花奈はふっと思ったが、首を横に振った。
さっきまで人がたくさん歩いていたのに、いつのまにかだれも通りを歩いていなかった。どうしよう、なんか変だ。
周囲を見渡しながら、人影を探す。
ほどなくして、通りの向こうから動いている人影を見つけたのだった。
嬉しかった。よかった。
花奈はほっとした。
しかし、瞬間、恐怖に変わった。
人影が見る間に大きくなっていく。恐ろしいスピードでこっちへ向かってくるのだ。
あの、マスクをして、長い髪を振り乱し、走る姿は……伝説の……。
スマホから能天気な音楽が流れる。
花奈は後ろを振り向きつつ、速足であたりを見回した。
口裂け女はまだ追いついてこなかった。
花奈は少しほっとした。
もう、来ないかもしれない。
そんな気がしたのだ。大丈夫。いつもと同じだ。
「はい、もしもし、相談支援課です。ええっと、口裂け女が追いかけてくるという件ですよね。まだ……大丈夫ですか」
いきなり明るい声で大丈夫かと聞かれて、花奈は面食らった。
ヒトの一大事をそんなに明るく言われても……。見間違い? 幻だったのかもしれない。いやいや、やっぱりあれは口裂け女だ。
記憶を花奈は遡った。
「はい、まだ追いつかれていません」
花奈は動揺しているのがわからないようになるべくクールに言ってみた。
「そうですか。それはラッキーでしたね」
担当者は嬉しそうに言った。
「……どうしたら、いいんですか? もう、追いかけてこない? 大丈夫ってことですか」
「ううん、たぶんあなたを探していると思います。ものすごく足が速い方ですからね。ベッコウ飴か、ぼんたん飴持ってますか?」
「もってません。そんなの普通持ってないでしょ」
花奈がむっとした口調でいう。
「そうですよね。たしかに……じゃあ、あとは……」
電話口で紙をめくる音がした。
「では……後の対策としては、ポマードと3回言ってください」
「なんでですか?」
「いいから言ってください。もう来ちゃいますからね。ポマードを三回ですよ。口裂け女はポマードのニオイが苦手なんです」
「あ、あ、あ、き、来た!」
花奈は恐怖のあまり後ずさりをする。
スマホを花奈はギュッと握りしめた。
「早く!!」
担当者が大きな声で言う。
花奈はかろうじて勇気を持ち直した。
「わたし、きれい?」
口裂け女が聞く。
花奈はぶるぶる足が震えて、立っていられなくなった。
口裂け女は座り込んだ花奈の顔を見降ろし、どんどん顔を近づける。
「ポマード、ポマード、ポマード!!」
花奈は道路に座り込んだ。
すると、口裂け女はワーッと何か叫びながらものすごいスピードでいなくなった。
「もしもし? 無事ですか?」
「は、はい。ありがとうございます」
花奈は震える声でいう。
「今後こう言ったことに巻き込まれたら、境界警察現代怪異相談支援課まで、通称バケモノ課までご連絡ください」
担当者はまるで何事もなかったかのように言った。
花奈が「は、はい」と小さい声で返事をすると、電話は向こうから切られていた。
通称・境界警察バケモノ課。
噂で聞いたことがある。都市伝説や不可解なものが起きた時は、バケモノ課が乗り込んでくると。隣人どうしが仲良く不可侵でいられるよう作られた組織と聞く。
まさかほんとうにあるなんて……夢じゃないよね……。
花奈がスマホの通話履歴をみると、バケモノ課の番号もさっきかけた警察の番号も残ってなかった。
花奈はキツネにつままれた気持ちになった。
すでに通りの喧騒は戻ってきていた。
花奈はしばらく辺りを伺っていたが、いつもの日常と変わりはなかった。
花奈は大きく息を吸った。生きていることは素晴らしい。
最初のコメントを投稿しよう!