はい、こちらバケモノ課です。

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「はい、こちら……警察です」 電話にでたのは、トーンの高い声の人だ。なんとか警察と言っていたけど……聞き取れなかった。一応、なんとか警察と言っていたから警察なんだろう。でも、受付の人のしゃべり方はまるで機械だった。ほんとうにここで大丈夫なのかなと花奈は不安がよぎる。 しかし、そんなこと構っている暇はない。見つかってしまうかもしれない。 そうなったら……もし、捕まったら、わたしも口を裂かれるんだろうか。 「助けてください!」 花奈はうまく声が出せなかった。 さっきまで走っていたせいで、呼吸が荒いのだ。 「どうしましたか?」 「く、くち、くち、口裂け女が追いかけてくるんです。た、た、た、たすけて」 「ちょっと……お待ちください」 受付は冷静だった。 まるで慌てているわたしがバカみたい? 花奈はふっと思ったが、首を横に振った。 さっきまで人がたくさん歩いていたのに、いつのまにかだれも通りを歩いていなかった。どうしよう、なんか変だ。 周囲を見渡しながら、人影を探す。 ほどなくして、通りの向こうから動いている人影を見つけたのだった。 嬉しかった。よかった。 花奈はほっとした。 しかし、瞬間、恐怖に変わった。 人影が見る間に大きくなっていく。恐ろしいスピードでこっちへ向かってくるのだ。 あの、マスクをして、長い髪を振り乱し、走る姿は……伝説の……。 スマホから能天気な音楽が流れる。 花奈は後ろを振り向きつつ、速足であたりを見回した。 口裂け女はまだ追いついてこなかった。 花奈は少しほっとした。 もう、来ないかもしれない。 そんな気がしたのだ。大丈夫。いつもと同じだ。 「はい、もしもし、相談支援課です。ええっと、口裂け女が追いかけてくるという件ですよね。まだ……大丈夫ですか」 いきなり明るい声で大丈夫かと聞かれて、花奈は面食らった。 ヒトの一大事をそんなに明るく言われても……。見間違い? 幻だったのかもしれない。いやいや、やっぱりあれは口裂け女だ。 記憶を花奈は遡った。 「はい、まだ追いつかれていません」 花奈は動揺しているのがわからないようになるべくクールに言ってみた。 「そうですか。それはラッキーでしたね」 担当者は嬉しそうに言った。 「……どうしたら、いいんですか? もう、追いかけてこない? 大丈夫ってことですか」 「ううん、たぶんあなたを探していると思います。ものすごく足が速い方ですからね。ベッコウ飴か、ぼんたん飴持ってますか?」 「もってません。そんなの普通持ってないでしょ」 花奈がむっとした口調でいう。 「そうですよね。たしかに……じゃあ、あとは……」 電話口で紙をめくる音がした。 「では……後の対策としては、ポマードと3回言ってください」 「なんでですか?」 「いいから言ってください。もう来ちゃいますからね。ポマードを三回ですよ。口裂け女はポマードのニオイが苦手なんです」 「あ、あ、あ、き、来た!」 花奈は恐怖のあまり後ずさりをする。 スマホを花奈はギュッと握りしめた。 「早く!!」 担当者が大きな声で言う。 花奈はかろうじて勇気を持ち直した。 「わたし、きれい?」 口裂け女が聞く。 花奈はぶるぶる足が震えて、立っていられなくなった。 口裂け女は座り込んだ花奈の顔を見降ろし、どんどん顔を近づける。 「ポマード、ポマード、ポマード!!」 花奈は道路に座り込んだ。 すると、口裂け女はワーッと何か叫びながらものすごいスピードでいなくなった。 「もしもし? 無事ですか?」 「は、はい。ありがとうございます」 花奈は震える声でいう。 「今後こう言ったことに巻き込まれたら、境界警察現代怪異相談支援課まで、通称バケモノ課までご連絡ください」 担当者はまるで何事もなかったかのように言った。 花奈が「は、はい」と小さい声で返事をすると、電話は向こうから切られていた。 通称・境界警察バケモノ課。 噂で聞いたことがある。都市伝説や不可解なものが起きた時は、バケモノ課が乗り込んでくると。隣人どうしが仲良く不可侵でいられるよう作られた組織と聞く。 まさかほんとうにあるなんて……夢じゃないよね……。 花奈がスマホの通話履歴をみると、バケモノ課の番号もさっきかけた警察の番号も残ってなかった。 花奈はキツネにつままれた気持ちになった。 すでに通りの喧騒は戻ってきていた。 花奈はしばらく辺りを伺っていたが、いつもの日常と変わりはなかった。 花奈は大きく息を吸った。生きていることは素晴らしい。
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