涼 21歳

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涼 21歳

「おまえ、そりゃあかんやろ」  斜に構えた晋ちゃんが、怠そうに言った。 「…どうしてよ」 「茶会は、ちゃんと出なあかん」 「だって、晋ちゃんのライヴと重なるんだもん」 「ライヴはいつだって見れるやんか」 「今度のが見たいの」 「だめ」  あたしは唇を尖らせて、眉間にしわも寄せた。 「んな難しい顔しても、だめ」 「…あたし、楽しみにしてたのよ?」  今日は久しぶりの、デート。  高校を卒業して三年。  今年で21歳のあたし、早乙女 涼(さおとめ りょう)は、茶道の名家に生まれ育ち…現在たくさんのお弟子さんを抱えている。  そして、あたしより一つ年上の彼氏である晋ちゃんは…人気バンド『FACE』のギタリスト、浅井 晋(あさい しん)。  まだメジャーデビューこそしてないけど、インディーズでは間違いなく有望株。  そんなわけで…お互い多忙な日々を過ごしていて、連絡も思うように取れない。 「今日、おまえ何時までええ?」 「六時ぐらいかな…」 「うち来ぃへん?まーが置いてったビデオがゴッソリあるで」 「うそっ、見たい」  『まー』とは…晋ちゃんの妹の愛美ちゃん。  あたしより二つ年下のまーちゃんは…お父さん同士が酔っ払って決めたという『許嫁』と、結婚した。  つい、先月。  それには晋ちゃんも、すごく驚いたみたいで… 「世界のDeep Redのキーボーディストが俺の義弟やなんて、恐れ多くて人に言えへんわ…」  って、本当に誰にも言ってないみたい。  そう。  まーちゃんの許嫁は…世界のDeep Redのキーボード担当、島沢 尚斗(しまざわ なおと)さん。  まーちゃんから、『お向かいの許嫁のために自分を磨く』とか、『お向かいの許嫁を追って留学する』とか、色々話は聞いてたけど…  何となく、まーちゃんは夢見がちだなあ~…なんて。  あたしは、見た事もない『許嫁』を頭の中で妄想しながら、相槌を打ってた。  結局は留学先で現実を突きつけられた…って、一年半の予定だった留学を、たった三ヶ月で帰って来て。 「あたし、甘過ぎた。目が覚めた。短大に進んで合コンしまくって、超カッコいい彼氏作る」  って…言い張ってた…んだけど…  まさかの急展開。  お相手の方が…まーちゃんをさらいに来た。  まだ短大に進んで一ヶ月も経ってなかったのに、『卒業まで待てない』ってご両親を説得して、学校も中退して…  五月に入ってすぐ、あれよあれよと言う間に…まーちゃんはアメリカに。  そして向こうでジューンブライドとなった。  短大に進んだばかりだったのに…って、お母さんはボヤいて。  冗談だったのに…って、お父さんは自分が蒔いた種に涙されたそうだ。  …でも、まーちゃんの幸せが一番。  うん。  あたしは、その急展開を晋ちゃんから聞いて…  …まーちゃん…すごい!!  って、震えた。  そして…羨ましく思った。  ―本当は、晋ちゃんがあたしをさらいに来てくれる事…夢見てる。  高校生の時からずっと付き合って来て、お互いの事、解かり合えてる…つもり。  …だからこそ、晋ちゃんがあたしに『結婚』って言葉を発さないのも…分かる。  うちは…特殊だし… 「涼?」  考え事してると、晋ちゃんが顔を覗き込んだ。 「あ…あっ、まーちゃん、ホラー持ってた?」  晋ちゃんの家に向かうべく、じゃれつきながら問いかけると。 「おまえ、ほんっま、ホラー好きやな」  晋ちゃんは苦笑いした。  あたしは去年までホラー映画を見たことがなかった。  せいぜいテレビでやってた心霊特集。  だから、初めての「エクソシスト」は、あたしを気絶寸前まで追い込んだ。 「おまえとホラー見ると、耳栓いるねん」  晋ちゃんが、耳に指を突っ込む。 「いいじゃない。まーちゃんだって言ってたよ?そうやってストレスを発散させるんだって」 「…ま、ええけどな…」  楽しい。  結婚は…まだ先でもいいとして。  ずっと、こんな日が続けばいいのに。
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