第1話 僕は変わる人

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第1話 僕は変わる人

和美(かずみ)ちゃん。こっちの部屋の掃除もうやっといたからね」 「いつもありがとうございます」  一年以上続けている清掃のアルバイト。週四日働いている近所の旅館で、今日も同僚の爺さんがにやつきながら和美に話しかける。 「いやいや。ええんよ」  笑顔をくれてやった同僚の爺さんはさらに頬を緩めて、旅館の一角にある客室から出て行く。  年老いた後ろ姿で、脆くなっている頭を撫でながら廊下へ消える堀内さんはベテランの清掃員だった。和美と同じ日にシフトが入っている日はいつも一つ多く部屋を掃除してくれる。何も頼まなくても和美が担当する部屋を。  理由は和美がかわいいからだった。給料が増えるわけではない単なる労働の増加を進んで引き受ける理由はそれだけだ。お爺さんは自分が損をしてもどうにかして若い子と接点を持ちたいのだ。  ここではこの見目麗しい女の体は便利だ。この体を手に入れてからはいつもアルバイトは女の姿で来ている。  和美は静かになった旅館の客室で畳に寝転び、窓から入ってくる日差しに白い素肌の手をかざした――。畳んだ布団を枕にして足をグッと延ばしてくつろぐ。  体に変化が起こるようになったのは19歳の時だった。五体満足でこの世に生を授かり、幼稚園児から小学生に中学生――高校生になってもごく普通の人間で、変化が起こる体ではなかった…………。 「お疲れさまでーす」  和美は元気な声を出しながら清掃員の準備室に入る。シフト時間が終わる15分前――普通に作業しても楽な部類のバイトであるが、一部屋を堀内さんにやってもらっているので疲れていないしサボっていたが、和美は額の汗を拭う動きをした。 「お疲れ。和美ちゃん」 「お疲れ様」  同僚の大人たちが暖かく和美を迎えてくれた。幾人かいた休憩中の同僚は半数以上が白髪頭だった。  この旅館のバイトの同僚には和美と同じ大学生や専門学生もいるが、半数以上は年配のおじさんおばさんだった。今日は和美以外に学生はいない。 「和美ちゃん。この前、家族旅行に行ったときのお土産。あげる」 「ありがとうございます」 「私も飴ちゃんあげよ」 「うわ。ありがとうございます」  和美は会釈をしながら大げさに喜び、おばさん連中からお饅頭やら飴玉やらお菓子を受け取る。年上の同僚たちはいつも和美に優しくしてくれていた。  子どもがいる人も、もう子供が構ってくれない年齢なので人懐っこい学生のバイトが可愛くて仕方がないのだろう。どちらかと言えば、お金を稼ぎたいというよりも人との付き合いが欲しくて、子供が世話をかけなくてもよくなった主婦や、定年退職後の男性がここには多かった。
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