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第4話 街へ行こうよ
その日のバイトでも堀内さんと一緒のシフトで、和美は何も言わずに一部屋任せるつもりでゆっくりめに作業した。バイトが終わった後に予定があるので疲れたくはない。
「こら!サボっとらんで働かんか」
壁の向こうの隣の部屋で堀内さんの怒鳴り声が聞こえる。堀内さんが優しいのは年下の女性だけで、それ以外には厳しい。特に男の学生バイトには厳しくて、今もたぶん男子学生の誰かがスマホでもいじっていたのだろう。
ベテランの堀内さんは余計に一部屋掃除する余裕もあるので、暇な時間は警察のパトロールのように男子学生へ監視の目を配らせていた。和美も――いや、和男も最初はそういう扱いを受けていたが、女の体になった今は違う。初めは鬱陶しかったことと人によって態度を変えるということも堀内さんが嫌いな理由だった。
「和美ちゃーん。頑張っとるかね」
「はい」
「そうかそうか。和美ちゃんはえらいなあ。今日もわしが一個やっといたけえ」
「ありがとうございます」
隣の部屋からやってきて和美に近づき指を一本立てる堀内さん。一応いつも一部屋任せているのは周りには内緒になっている。男の姿では想像できなかったほどのにやけ顔が相変わらず気持ち悪い。
でもまあ、一部屋やってもらえるのはありがたいこって。ずいぶんと楽ができる。
堀内さんが部屋を後にすると、和美は足で畳んだ布団を運んで、ズボンのポケットからスマホを取り出した。今日の予定の為に調べておきたいことがある。
今日は目標である体の有効活用への第一歩。「女の体でより女らしくなる」の為にちゃんとした女のファッションを学んで、お洒落な女物の服を買う――。
バイトのシフト時間が終わり、準備室へ入るとまずは給料の明細を受け取った。今日をショッピングの日に選んだのはバイトの給料が入るからだった。
「お疲れ。遠藤さん」
手渡したのは清掃の責任者で、この旅館においてもそれなりの地位を持っている藤野さん。年齢は堀内さんと同じの60歳過ぎで、女性。お婆ちゃんと呼ぶような容姿だが責任者として色々と事務作業をしている。遠藤というのは和男と和美の名字で、バイト関係者で和美を遠藤さんと呼ぶのはこの人だけだ。
「お疲れ様です。ありがとうございます。」
藤野さんは癖なのかいつもしている二回うなずく動作をして準備室の出口に歩いていく。
「じゃあ、あと任せてええかね。まだ、明細もらってない子が帰ってきたら渡しといて」
「はーい」
準備室から出て行く藤野さん。あの人は旅館の中で見る時はいつもどこかへ急いでいる。忙しい人なのだ、藤野さんは。
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