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「和美ちゃん、これからどこかお出かけ?」
「え?」
「ちょっといつもより余所行きの服着てるじゃない」
着替え終わるとおばさん連中に絡まれる。
「まあ、そうですね。ちょっと街のほうにショッピングに行くだけですけど」
「あらそう。駅前にまた新しいお店ができてるわよね。和美ちゃんっていつも男の子みたいなズボンでお洒落には気を使ってないように見えるから」
「あはは。動きやすくてスカートよりズボンでいるほうが好きなんですよね。実際、お洒落にはあんまり興味ないですし」
まさか、本当は男なんて思われていないだろうが少しドキッとした。作り笑いをした頬が誰かにつままれたように一瞬ひきつる。もうそんなこと思われないように今日はしっかり目的をこなそう。
ロッカーへ女らしくきちんと畳んだ作業服を入れて、忘れないようにしっかりと給料明細を鞄に入れる。今月はいつもよりも多く働いたので開くのが楽しみだ。
旅館の裏側の自転車置き場へ行くと、藤野さんがベンチに座ってタバコを吸っていた。気の良さそうなお婆ちゃんという見た目だが藤野さんはヘビースモーカーだった。初めてタバコを吸っているのを見た時は驚いたが今では当たり前になった。
「頑張っとるね。遠藤さん」
「はい」
「来週もよろしくね」
「はい。お疲れさまでした」
噂で聞いた話によると、藤野さんはどこかのバーも経営しているとか子供は10人以上いるとか。謎が多い人なのだ。藤野さんは。
ところで、いきなり男から女に変わると問題だらけなので、実は責任者である藤野さんには女に変わると伝えたのだが、驚かれることはなくあっけなく了承された。他の同僚の面々には清掃バイトの経験がある新しく入った子として普通に受け入れられたが、藤野さんはその辺どう思っているのだろうか――。
和美は鞄を自転車のカゴに入れてサドルにまたがると、駅へ向けて意気揚々とペダルをこいだ。
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