18人が本棚に入れています
本棚に追加
1
黄金の髪に淡い緑の瞳の美しい令嬢がいた。
彼女の名前はシャルロッテ・ホーリーホックスといった。年齢は19歳だ。が、彼女には未だに婚約者がいなかった。何故か。両親がシャルロッテを顧みなかったことも原因だった。シャルロッテには4歳下の妹がいる。名前をスージーといった。気が強くしっかり者な彼女と違い、スージーはおとなしく引っ込み思案だ。両親はいつもシャルロッテには「姉なんだから我慢なさい」と言ってくる。そのたびに彼女が持っていた物や欲しかった物は取り上げられスージーに手渡されていた。いつしか、シャルロッテは両親が見向きもしないような地味で目立たない物ばかりを持つようになる。婚約者候補だった男性も両親はシャルロッテよりもスージーの方がふさわしいからとよくわからない理屈で取り上げた。もう、とっくの昔に失望して諦めたシャルロッテは「好きにすれば」と思っていたが。その後、スージーはこの男性と早々と結婚するのだった。
シャルロッテは今日も地味だが上品なワンピースを着ていた。もうスージーはつい、1ヶ月前に結婚して家を出た。両親は仕方なくシャルロッテに適当な相手を見つけて婿入りさせる方針にしたようだ。それでも家の残るのは妹の方が良いようだった。メイドのサラが心配そうにしている。
「……お嬢様。今日も旦那様と奥様がスージー様にドレスを買って贈ったようですよ。ホーリーホックス公爵家がいくら資産家と言っても。ちょっと目に余りますね」
「サラ。あなたが心配してくれるのは有り難いけど。お父様とお母様に聞かれたら解雇されてしまうわよ」
「それでもですよ。妹君と何かと言うと差をつけられて。私もよくお嬢様が家を出て行かないなと思っています」
サラは憤慨していた。もちろん、シャルロッテだって内心では激怒している。よくもまあ、スージーが可愛いからって嫁に行った後も甘やかすとはと思っていた。だが、彼女が言っても聞き入れる両親ではない。
「……まあ、わたくしもかなり腹は立っているのよ。婚約者で良さそうな方を見つけても。あの子に盗られたんだから」
「そうでしたね。でしたらお嬢様。私にツテがあります。あのお方であれば、旦那様と奥様に目に物見せてくださいますよ」
「あのお方?」
「……お嬢様もよくご存知の方です」
「……もしかして。現陛下のご子息じゃないでしょうね」
そう言うとサラは同意を得たりと言わんばかりに頷いた。シャルロッテの勘は当たったらしい。
「ええ。現陛下のご子息でお嬢様もよくご存知の皇太子殿下ですわ」
「そんな高貴な方を引っ張り出さなくても。サラ。わたくしだけでも仕返しはできるわ」
「……どうやってです。お嬢様だと家出をするぐらいが精一杯でしょう。それか修道院に行くか。けどそれでは旦那様と奥様は余計にお嬢様に冷たく当たりますよ。このお屋敷に連れ戻されて監禁されるに決まってます」
的を射た事を言われてシャルロッテは黙り込んだ。その通りだったからだが。仕方なく皇太子殿下に協力していただくように頼もうかと決める。サラは満足そうだ。
「でしたらお嬢様。私にいい考えがあります。ちょっと耳をお貸しくださいませ」
「……わかったわ。その代わり、お祖父様やお祖母様。親戚に迷惑がかからないようにしないと」
「そうですね。では……」
ごにょごにょと耳打ちされる。サラの考えた作戦にシャルロッテは驚きのあまり大声を出しそうになったのだった--。
翌日、シャルロッテは皇太子殿下宛に手紙を書いた。「……実は両親が自分よりもひと回り以上年上の相手との縁談を持ってきた。が、この相手には歴とした正妻がいる。愛人になれと言われたが。非常に困っている」という内容にした。そもそも公爵令嬢のシャルロッテを愛人にと望むのがおかしい。両親は平気で自分を売ろうとしている。手紙の内容は多少大げさに書いたが。嘘ではなかった。では何故、皇太子殿下に助けを求めたというと。これがサラの考えた作戦の一つだからである。サラは昨夜、シャルロッテに策を授けた。
『いいですか。お嬢様。旦那様方が持ってきた今回の縁談を逆手に取らせていただきましょう。要はお嬢様が皇太子殿下に申し上げたら旦那様と奥様に目に物見せてやれるはずです。後、陛下にも聞いていただきましょう。実は私や公爵家の影達が調べた情報によると旦那様と奥様は人身売買に危険薬物など悪事に手を染めていたようです。これを材料にお嬢様は陛下と皇太子殿下に告発なさいませ。その代価として爵位を下げるのと領地没収は免れる事はできませんけど』
サラはそう言って翌日になったら即行動に移すように告げた。シャルロッテは腹を括った。両親と妹にこれ以上、好きにはさせないと。だが、今になって思う。爵位が下がるのと領地没収は仕方ないが。妹の嫁いだ婚家--ウェズレイ侯爵家に迷惑を多大にかけはしないかと。それでもやるしかないか。サラがどうして自分に告発をさせようとしたのか理由はまだわからない。全てが終わったら話すと彼女は言っていた。それを待つしかないかとシャルロッテは思ったのだった。
それから、この日の夕刻に皇太子殿下からお返事があった。実はシャルロッテの母と皇太子殿下の母君である皇妃陛下はいとこ同士だ。その縁で幼い頃は皇太子殿下や皇女殿下とはよく遊んだものである。つまりは幼なじみという間柄で遠縁の親戚だから手紙を送っても失礼にはならないだろうと考えたからだった。
<シャルロッテ嬢へ
君から手紙が届くのは久しぶりだね。元気にしていたかな?
そういえば、シャルロッテ嬢が皇宮に来なくなってから8年は経つね。その間に実の母君も亡くなってしまわれたのは今でも俺にとっては辛い記憶だ。
シャルロッテ嬢もさぞ辛かったろうと思う。そういえば、君からの手紙に無理に結婚させられそうだとあった。何でも父親程に年の離れた男で君を愛人にしようとしているんだって?
何ともふざけた話だな。俺で良ければ、君の両親--特に義母君に釘をさしておこうか。けど表立ってはできないからな。本当に嫌だったら皇宮へ来てもいい。しばらくの間だったら匿えるし。
義母君にも困ったもんだな。最初は君にも親切だったと聞いている。ところが義母君と君が喧嘩してからは態度が変わったらしいな。
とりあえず、詳しい事を聞きたいから3日後に迎えを寄越すよ。その間に準備をしておいてくれ。
アレクサンドル・ワーズワース>
アレク兄様もとい皇太子殿下はある程度は我が家の事を把握しているらしい。シャルロッテは侍従が教えていた事に驚きを禁じ得なかった。だがよく考えれば、サラの兄が王太子殿下付きの侍従になっていた事を思い出す。それで母--義母とは仲が険悪だと知っていたのだ。
シャルロッテの実母であるシンディーは8年前の冬に亡くなった。喪が明けてすぐに父は新しい妻となった女性を連れてくる。この女性、義母であるスザンナは気性が激しく我が儘な性格をしていた。それでも連れ子だったスージーと4人で最初はうまくやっていた。ところが2年後の冬にスージーは風邪をひいて拗らせてしまった。この時、シャルロッテは13歳、スージーが9歳だった。
シャルロッテはおとなしく引っ込み思案な妹が可哀想で看病を自らしていたが。スザンナはスージーを放ったらかしてお茶会に出掛けてしまう。これにはシャルロッテも腹が立った。スザンナが帰って来た時に苦言を呈したのだ。
『お義母様。いくら何でも娘が病気で寝込んでいる時にお茶会に行くのは軽率だと思いませんの。そんなだから周囲に財産目当てとか言われるのですよ』
『……黙って聞いていれば、生意気な事を。お前さえいなければ、スージーは皇太子妃にもなれたのに!』
スザンナはシャルロッテの苦言には耳を貸さなかった。それに軽く失望する。この人はやっぱり父の身分と財産目当てで我が家に来たのだ。そう思ってしまう。その後、シャルロッテはスザンナに平手打ちを食らい、自室に戻らざるを得なかった。この出来事がきっかけでスザンナはシャルロッテを目の敵にするようになる。
そこまでを思い出してため息をつく。シャルロッテはサラが用意してくれた軽食を食べる。サンドウィッチだ。それらを一通り食べると紅茶で流し込む。ちなみにストレートティーだが。その後、湯浴みをしてネグリジェに着替えた。寝室に入りランタンの明かりを消す。ベッドに入ると眠りについたのだった。
翌日、サラや他のメイドに手伝われながらシャルロッテは身支度をした。まずは湯浴みをして体を隅々まで洗われ、マッサージを施された。こうまでするのは父が知っているからだった。と言っても皇太子殿下に会うというくらいしか知らせていないが。義母が聞いたら憤怒の表情でシャルロッテの王城行きを阻止しただろう。幸いな事に今日はお茶会でいなかった。それにほうと安堵しながらドレスの下に着るコルセットを装着している。もう慣れたが。それでもぎゅうぎゅうと締め付けられるのはちょっと嫌であったりする。我慢しながらドレスに袖を通した。今日のドレスは淡い藍色で上品なデザインだ。首筋まですっぽりと隠すタートルネックのタイプで袖も長い。そして仕上げにお化粧をして髪をシニヨンにする。実母の形見のペンダントをつけて身支度は終わった。
「……お嬢様。私も付いて行きますので」
「そう。サラがいてくれると心強いわ」
シャルロッテはそう言うと自室を出た。サラも付き従う。階段を降りてエントランスに向かった。すると、父である公爵が誰かと話をしているようだ。シャルロッテは誰だろうと思いつつも階段を降りきる。父と談笑していたのは黄金の髪に淡い翠色の瞳の背の高い青年だった。顔立ちは眉目秀麗という形容がふさわしい。さらさらとした髪を短く切り揃え、白い騎士服を着ている。この青年を見てシャルロッテはかなり驚いていた。それもそのはずで彼女が良く知る人物だった。
「……おや。シャルロッテか。身支度はできたのかね」
まず最初に彼女に気づいたのは父であった。こちらを振り返る。青年も気づいたらしく顔をこちらに向けた。
「はい。お父様。お仕事から戻っていらしたのですね」
「ああ。スザンナもいないから静かで良いよ。あれがいると執務にまで口出しをするから。最近はうんざりしている」
「……そうですか」
シャルロッテが控えめに相づちを打つと父は咳払いをした。スザンナ--義母がいない時は父もシャルロッテにだって冷たくしない。義母がいると合わせているようで自分にきつく当たっていたが。その矛盾に眉を寄せそうになる。我慢しながら青年にも話しかけた。
「……お久しぶりです。アレク兄様」
「……ああ。本当に久しぶりだな。シャル」
アレク兄様と呼ばれた青年はにこやかに笑いながら言った。シャルとは彼女の愛称だ。青年もとい、アレク
サンドルはシャルロッテに近づいた。
「では。行こうか?」
「はい。それでは行ってきます。お父様」
「……ああ。気をつけて行っておいで」
珍しく父はシャルロッテに優しい言葉をかける。それに驚きながらもアレクサンドルと共にエントランスを出たのだった。
エスコートしてもらいながら馬車に乗った。サラも同乗する。シャルロッテの隣に座りアレクサンドルは向かい側に座った。御者が扉を閉めると馬車は動き出す。アレクサンドルはこのワーズワース皇国で随一の魔術の使い手だ。すぐに防音魔法と結界を同時に馬車にかける。
「……これでよしと。さあ、ここだったら密談もできる。シャルロッテ、手紙にあった内容は事実か?」
「……ええ。主に義母が乗り気でいます」
「そうか。あの女もとうとう本性をむき出しにしてきたな。まさか、シャルロッテを愛人にさせようと画策するとは」
アレクサンドルは顔をしかめた。サラも厳しい面持ちになる。
「……それで縁談を反故ほごにするために俺を呼んだのか。だがシャルロッテ。他にも言いたい事があるんじゃないか?」
「……他にですか。そういえば、サラに聞いたのですが。両親は人身売買や危険な薬物にまで手を出したとか。他にも余罪があると聞きました」
「なるほど。シャルのいうように公爵と夫人は人身売買に手を染めているようだ。何でも最近、ワーズワース国の各村で人攫いがよく起きていると報告を受けている。スザンナ夫人が奴隷市場によく姿を現しているとも聞いたが。俺も詳しく調べてみようと思う」
「お願いいたします。わたくしも覚悟はしておりますので」
「そんなに気張らなくてもいいぞ。俺も陛下に奏上してみる。シャルロッテの身柄は保護してもらえるようにするから」
アレクサンドルは安心させるように優しく笑う。その後もサラを交えて今後の事を詰めたのだった。
皇宮に着くとシャルロッテはアレクサンドルに再びエスコートしてもらいながら馬車から降りた。サラも御者に助けられながら降りる。アレクサンドル付きの侍従が待ち構えていた。
「……殿下。そちらがホーリーホックス公爵令嬢ですね?」
「そうだ。お前も昔に会った事があるだろう。エヴァン」
「ええ。お久しぶりですね。シャルロッテ様」
そう声をかけてきたエヴァンにシャルロッテは驚きの表情になった。
「……あ。もしかしてエヴァンガルフ様?」
「はい。エヴァンガルフ・ホーンです」
エヴァンことエヴァンガルフは微笑んだ。その笑みは優しげで昔の面影と重なる。
「……エヴァン。挨拶はすんだから陛下の元へ案内をしてくれ」
「そうでしたね。では案内を致しますので。シャルロッテ様と殿下のみ同行していただきます」
エヴァンの一言でサラは馬車の停車場で待機するのだとわかったらしい。
「……お嬢様。私はここでお待ちしております。行ってらっしゃいませ」
「うん。行ってくるわね」
サラの言葉に頷いてシャルロッテは踵を返した。そのまま、エヴァンの先導で謁見の間に向かったのだった。
謁見の間に着くと2人の騎士が扉の両脇に佇んでいた。アレクサンドルの顔を見て取って静かに扉を開いた。エヴァンは廊下で待機してアレクサンドルとシャルロッテだけが中に入る。
そのまま、扉は閉められた。ゆっくりと歩いて赤い絨毯の上を進んだ。玉座が見える近くでアレクサンドルは止まった。シャルロッテも一歩下がった所で止まる。
アレクサンドルは軽く礼をした。シャルロッテは皇族に対するカーテシーで陛下のお目見えを待った。
しばらく経って侍従が「皇帝陛下がお目見えになりました!」と告げた。人の気配がして玉座に腰掛ける。
「……よくぞ来てくれた。頭を上げてよいぞ」
静かに声をかけられてアレクサンドルとシャルロッテは顔を上げた。そこにはアレクサンドルとよく似た金色の髪と濃い藍色の瞳の眉目秀麗な男性が腰かけていた。
「アレクサンドル。それにシャルロッテ殿。今日は余に何やら報告したい事があるとか。楽にしていいから話してみなさい」
「……はい。では。まず、両親の犯した不正について報告致します。殿下にもお話致しましたが。人身売買の件と危険な薬物の事はわたくしも見過ごす事ができませんでした。それで王城に参った次第です」
シャルロッテが答えると男性もとい、皇帝陛下はふむと考える仕草をした。顎をさすりながらなるほどと頷いた。
「……わかった。その2つの件についてはこちらでも極秘で調査しておこう。わかるまではシャルロッテ殿には王城に滞在してもらう。軟禁に近い状態になってしまうが。良いか?」
「……はい。私もその方が良いと思います」
「……わたくしも異論はございません」
シャルロッテがそう返答すると皇帝陛下は頷いた。
「では、シャルロッテ殿を西の塔に連れて行け。監視役に騎士を3人付ける」
「わかりました」
アレクサンドルが頷く。こうしてシャルロッテは監視役の騎士と共に西の塔に向かったのだった。
西の塔に着くと騎士の案内で最上階まで行く。長い螺旋階段を上っていき、やっとの思いでたどり着いたのは簡素な部屋だった。一脚の椅子とテーブル、ベッドくらいしか調度品はない。
シャルロッテが部屋に入ると騎士がドアを閉めた。鍵もかけられてしまう。騎士の足音と気配が遠のくとベッドに突っ伏した。
「……ふう。疲れた」
シャルロッテは枕に顔をうずめる。ベッドのシーツは清潔だが。枕などは硬くて寝転がっても良い気持ちはしない。ここで両親が罰せられるまでの間、自分は過ごさないといけないのだ。それに思い至るとぽたぽたと涙が溢れた。もしかするとサラは自分を憎んでいたのかもしれない。こんな事なら彼女の口車に乗るんじゃなかった。後悔やら何やらがない混ぜで余計に泣けてくる。しばらく、静かに泣いたのだった。
あれから泣き疲れて寝てしまったらしい。起きてみると涙のせいで目が腫れぼったいし頬などもヒリヒリする。どうしたものかと思いつつもベッドから降りた。シャルロッテは部屋の中を見渡してみる。すると2つのドアを見つけた。
床には絨毯が敷かれているので足音はしないが。それでもドアを開けて確かめてみた。左側が厠かわやで右側が洗面所兼脱衣所と浴室がある。
シャルロッテはそれらを確認した後、洗面所兼脱衣所の方に入ってみた。タオルと着替えが何故か用意されている。とりあえず、髪留めを外す。髪紐も解いた。そうした上で洗面所にて顔を水で洗う。蛇口があってそこから冷水が出た。ジャバジャバと何度もそうした。8度目くらいで水を止める。近くにあったタオルで水気を拭いた。ふうと息をつく。だが、湯浴みはどうしたものか。躊躇してしまう。仕方なくドレスを脱いで着替え用に置いてあった部屋着のワンピースに袖を通した。色は地味な灰色で簡素なものだ。それでも有り難いのは1人でも着られるデザインだった事だろうか。ワンピースを着た後、室内履きも履いた。ブラシや必要なものはある。それで髪の毛を簡単に整えた。そうしていたら空腹を体が訴える。くうとお腹が鳴った。
ドレスを脱衣場の籠に入れてから部屋に出た。するとドアが開いて騎士と一緒に皇宮のメイドらしき女性が入ってくる。
「……シャルロッテ殿。お一人では何かと不便でしょう。陛下の思し召しでメイドを連れてきました」
「……はあ。ありがとうございます」
「お礼は陛下に言ってください。それでは失礼します」
騎士はそっけなく言うと部屋を出て行く。それを見送るとメイドはシャルロッテに近づいてきた。
「初めまして。私は皇宮のメイドで名をメイと申します。お嬢様。なんなりとお命じください」
「なんなりとね。わたくしは軟禁中の身。あなたがする事は少ないと思うの。それでも良い?」
「……気にしません。お嬢様。それよりも髪を整えましょう」
メイはそう言うと洗面所兼脱衣場に入りブラシを取ってきた。洗面所兼脱衣場に行くように言う。シャルロッテは立ち上がり付いて行った。そうしてこの場にあった椅子に座り髪を整えてもらう。ブラシで一通り梳くとどこから持ってきたのか香油をメイは出した。これを髪に塗り込んでまた梳き始めた。しばらくして三つ編みにしてからくるくるとお団子状にする。アシアナネットで纏めて薄い水色のリボンを付けて出来上がった。ついでに薄くお化粧もされる。
「出来上がりました。後、お食事をもらってきますのでお待ちください」
「ええ。その。ありがとう」
「お礼を言われるような事はしていません。では失礼します」
メイはてきぱきと言うと洗面所を出て行く。シャルロッテも出て椅子に座る。ほうと息をつきながら窓の向こうの空を眺めたのだった。
その後、昼食を食べてシャルロッテは騎士が持ってきた本を読んで半日を過ごした。だが退屈でしょうがない。メイに言うと「だったらお裁縫とかなさいますか?」と提案してきた。頷くとメイは明日になったら手芸品を幾つか持ってくると約束してくれる。夜になり軽く湯浴みをしてメイに手伝われながらネグリジェに着替えた。ふと両親や妹の事が気になって訊ねてみた。
「……メイ。ちょっと訊きたい事があるの。いいかしら?」
「何でしょう?」
「わたくしの両親。つまりホーリーホックス公爵と夫人のスザンナ様。それと妹のスージー。あの人達はどうなったのだろうと思って」
はっきり言うとメイは少し言いあぐねているようだ。それでも淡々と彼女は答えた。
「……ホーリーホックス公爵夫妻は人身売買と危険薬物を密輸入した嫌疑をかけられて捕縛されました。スージー嬢も捕まったとか。3人は今地下牢に入っています」
「え。父と義母、妹は捕まったの?!」
「はい。数日後には処刑されると聞きました」
あまりの事にシャルロッテは言葉が出ない。もう自分も処刑されるかもと思うと背筋が寒くなる。
「……スージー嬢は婚家にて両親が入手した薬物を使用して多くの人々を廃人にさせたとか。その罪科つみとがで捕縛されたそうです」
「そう。わかったわ。わたくしも腹は括っておいたほうがいいわね」
シャルロッテが言うとメイは複雑そうな表情をする。それでも元の無表情になると部屋を出て行く。シャルロッテはベッドに入ると眠りについたのだった。
あれから、一週間が経ち、ホーリーホックス公爵夫妻と娘のスージーの処刑が執行された。ホーリーホックス公爵家は爵位降格と領地没収の処分も下された。唯一、シャルロッテは自ら告発をした事で恩赦される。西の塔から出されたが。公爵令嬢としての身分は剥奪され、平民に彼女はなった。仕方ないと思った。使用人も皆辞めて散り散りになったとメイは言っていたが。
シャルロッテはメイが持ってきてくれた着替えと手芸品、本を3冊ほど、細々とした日用品が入ったスーツケースと大きなカバンを手に持つ。付き従う人は誰もいない。シャルロッテはゆっくりと皇宮の裏門を出たのだった。
裏門を出てしばらく歩いていたが。何故か馬の蹄の音が聞こえて振り返る。
パカラパカラッと土埃を立てながら近づいてきた。乗っている人物を見て固まった。何でアレクサンドルがここにいるんだ?
そうする内に馬はヒヒインと高い声を上げながら止まる。アレクサンドルはひらりと身軽に降りると慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。いつも整えられた髪は乱れ、顔もよく見たらやつれている。
「……シャルロッテ!」
「アレク兄様?!」
「……ふう。間に合って良かった。あと少し出るのが遅かったら行き違いになっていたな」
そう言うアレクサンドルにシャルロッテは首を傾げた。何のことだろう。
「シャルロッテ。お前が旅に出るんだったら俺も連れて行ってくれないか」
「……え。アレク兄様もですか。でも皇太子としてのお仕事はどうするのですか?」
「……弟に押し付けてきた。んで皇太子の位もくれてやったよ」
ええ?!シャルロッテは驚きのあまり、アレクサンドルをぽかんと見つめた。
「アレクサンドル様。皇太子の位を返上してきたんですか?!」
「ああ。だから今日から俺も平民だ。よろしく頼むぞ」
アレクサンドルはにこやかに笑った。そしてシャルロッテの前に跪いた。
「……シャルロッテ。俺はお前が好きだ。結婚してくれ」
「……はあ。わかりました。結婚は受け入れます。けどわたくしと一緒だと色々と危険だと思いますよ」
「それはとっくの昔に予想済みだ。じゃあ、今から近くの神殿で婚姻の儀式をしようか」
そう言ってアレクサンドルはシャルロッテの手を取る。手の甲にそっとキスをしたのだった。
その後、シャルロッテとアレクサンドルは本当に近くの神殿で婚姻の儀式をする。晴れて夫婦になった2人はワーズワース皇国を旅しながら定住できる場所を探した。辺境の地を定住の地に選んだ2人はここで新生活を始めた。後に皇帝となった第二皇子のアルベールに請われて2人は辺境の地を守る役割を務める事になる。アレクサンドルは辺境伯に抜擢され、シャルロッテも夫人として認められた。
フィール辺境伯と名乗り子孫が代々、この役割を継いでいったのだった。
シャルロッテとアレクサンドルは末長く仲が良かったと歴史書は伝えているのだった--。
--完--
最初のコメントを投稿しよう!