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カメラの中には、まだフィルムが残っていた。僕はそのフィルムを現像しようと、暗室にこもった。
先輩が最後に撮った写真には、一体何が写っているんだろう。何故か、すごく気になった。
フィルムの中に隠された像を、現像液や定着液を使って浮かび上がらせ、定着させ、印画紙に焼き付ける。暗室の中で行うその工程は、どこか秘密めいている。
最初の何枚かは、先輩が撮った部屋の写真だ。先輩の目線から見た、自室の写真。これはいつも撮っている奴だ。
次に撮られていたのは、また違う写真だった。同じ部屋の中だが、布団を敷いて寝ている男が写っている。
「──先輩?」
それは、先輩の寝姿だった。次の写真は同じ構図で、先輩が胸を押さえて苦しんでいる姿が写っていた。
次の写真も。また次の写真も。それは、先輩がもがき苦しみ、死に至るまでの連続写真だった。
先輩の断末魔の姿を写した写真まで来て、僕はふと疑問に思った。
──これを撮ったのは誰だ?
部屋には先輩しかいなかった。誰かが侵入した形跡はなかった。タイマーの類を使った様子もない。第一、先輩が自分の寝てるとこなんて撮る意味がない。
ネガはまだある。次の写真。
倒れている先輩と、体を折り曲げるようにそれを覗き込んでいる、女。女の姿は半ば透けたようになっている。
この女……見たことがある。そう、以前先輩のところに泊まった時に見た、あの女だ。長く振り乱した髪、血走った眼。
最後の写真。やはり倒れた先輩、そしてあの女。
だが。
よく見ると、女はわずかにこちらを向いている。
血走った、眼が。
写真を通して、こちらを見ていた。
……先輩は言っていた。そうそう悪霊なんていない、と。
ホラー映画に出て来るような殺人鬼は、そうそういないかも知れない。でも、人々の中に全く殺人鬼がいないかと言うと、そうでもない。
同じように、悪霊がそうそういなくても、全くいないわけではないだろう。その、数少ない本物に出合ってしまったのだとしたら。
この女は、あの部屋に憑いていたのではなく、先輩に憑いていたのだ。先輩の持つ陽の気に阻まれ、今まで手が出せなかったんだろう。
だから──対抗手段を取った。
先輩が今まで住んでいた事故物件の数々にあった陰の気を、片っ端から取り込んでいたのだとしたら。部屋に宿っていた“想い”も何もかも取り込んで、より強力な負の存在になったとしたら。
先輩が住んでいた部屋。いくら先輩が強力な陽の気を持っていたとしても、たった三日であそこまで陰の気がなくなるなんて、不自然だ。
(待てよ)
先輩は死んでしまった。部屋には陰の気のかけらもなくなった。
──なら、あの女は一体どこに行った?
ふと、僕は先輩の遺したカメラがある方に目をやった。
……もともと先輩は廃墟や空き家を撮るのが好きだった。でも、地縛霊の類が写るようになったのは、あのカメラを手に入れてからじゃなかったか?
まさか、あの女が真に憑いていたのは。
その時。
耳元で、小さいけれどはっきりと、女のささやく声が聞こえた。
「ココニイルヨ」
暗室の温度が、急に下がった気がした。
パシャリ。
シャッターが切られた。
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