先輩は撮影する

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先輩は撮影する

 先輩から、また部屋を引っ越すので手伝いに来いと連絡があった。今年に入ってこれで三度目だ。  先輩は引っ越し魔だ。なんでも、先輩の親戚に不動産屋がいるとかで、その人の仲介を受けてあちこちの賃貸マンションやアパートなどを転々としている。  引っ越しの度に僕ら後輩は手伝いに駆り出される。手伝いの常連と化している奴は何人かいて、僕もその一人だ。みんな呼び出されたら毎回ほいほい行ってるんで、先輩からはヒマな奴らだと思われてるんじゃなかろうか。まあ反論は出来ない。  今回も、軍手やタオルを持って僕らは先輩の部屋に集まった。先輩はさすがに引っ越し慣れしているので、荷物はそんなに多くないし梱包も手際がいい。なので、実は僕らがやることはあまりない。一人では運べない大きい家具を二〜三人がかりで運んだり、掃除をしたりゴミを出したりという程度だ。  僕らが集まるのは、引っ越しが終わった後に先輩が飯を奢ってくれるから、という理由が大きい。  荷物を全て新しい部屋に運び込んだ後、先輩は愛用のカメラを取り出して部屋の中に向けてカシャカシャとシャッターを切った。  先輩のカメラはフリマサイトで買ったというレトロな二眼レフカメラだ。当然、フィルムを使っている。  巻き戻してからカメラから外したフィルムを、先輩は僕に向かって投げてよこした。 「じゃ、これ、いつものように頼むわ」  僕の家は由緒正しい写真屋だ。とは言え今はもう閉店してしまっていて、写真に関してやっているのは、僕が大学で所属している写真部の現像を一手に引き受けている程度だ。現像の設備や道具、薬品なんかを僕が個人的に使わせてもらってるだけだけど。  そんなわけで、僕は先輩が撮った写真の現像係みたいになっている。実費と手数料はしっかりいただいてるからいいけど。  暗室に入り、僕は先輩から預かったフィルムを早速現像した。 「……あー……また写ってるなあ」  一番最後に撮った、新しい部屋の写真。何枚も撮った内の一枚だけに、それは写っていた。  部屋の隅で体育座りをしている、小さな男の子。  もちろん、そんな子供は部屋のどこにもいなかった。こんなものが写るから、他の者には現像はさせられないのだ。  先輩の引っ越し癖は趣味と実益を兼ねている──というのは、僕達後輩の間では知れ渡っている噂だ。  事故物件、というものがある。事件や自殺、変死などがあり、後から入居するのをためらわれるような物件のことだ。  事故物件の場合、不動産屋は客に説明する義務がある。だけど、事件などがあった後に一人でも入居者を挟むと、もう説明の義務はなくなる。  故に、事故物件の履歴を消す為にしばらくそこに住んでもらう要員がいて、その一人が先輩なのだ──という、都市伝説めいた噂が後輩達の間でまことしやかに流れているのだ。  その噂が本当なのだと知っているのは、恐らく僕だけだろう。  もともと先輩は、廃墟だとか空き家だとかの写真を撮るのが好きだった。いい写真を撮る為に、住居侵入まがいのことまでやっていたとも聞いた。色んな意味で怖いものなしだ。  二眼レフカメラを手に入れたのと同じ頃、そんな先輩に目をつけたらしい不動産屋の親戚が、先輩にバイトを頼んで来たらしい。  家賃などの諸経費をタダにしてもらう条件で、曰くのある部屋に一定期間住んでもらう。先輩が引っ越した後、他の誰かがその部屋に入る。そんな仕組みだ。  先輩は先輩で、曰くのある部屋の写真を撮り放題だ。そういう部屋はいい感じに荒んだ印象だったりして、そういうのが先輩のお気に入りらしい。win-winとはこのことだ。  新しく入った部屋の写真を撮るのは、もはや先輩の習慣のようになっている。そして、そんな写真のいくつかには、時々こんな風に妙なモノが写るのだ。
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