0人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は勝負開始のレバー第一打を放とうとしたわけだったが、後ろに付いてきていた古井根が俺の手をやんわりと止めた。振り返って古井根の顔を見た俺に、奴はイタズラっぽい笑顔を見せながら、リールをちょんという感じで叩いた。
「え?」
思わせ振りな古井根の行動にまさかと思いながら、液晶に目をやった俺は目が点になった。液晶画面が黒く変わり中央に十字の白い光が走り、更に液晶画面が真っ黒に戻った後、画面にストップボタンの押し順が指示される。二つ目のストップボタンを押すと、パパパラーと派手な大当たり確定音が流れ、三つ目のストップボタンでリールが一旦停止してから、逆方向に回転した後再停止で『七七七』の大当たりとなった。世に言うところのスリーセブンである。
「では、幸運を。」
呆気に取られている俺に古井根はこう言い残して、緩やかに去って行った。
それから後はただもう次から次へとコインが出るの出ないのじゃなくて、出るの出るの出るの、もう機械が壊れちゃったんじゃないかと思うぐらい、出続けたのだった。実際、壊れたのかも知れない。明日には故障中の張り紙が貼られているに違いない。
結局、周りの嫉妬の滲む熱くて冷たい視線を浴びながら、閉店までその機械でコインを取りまくった。最後の方では、周りの客は嫌気がさしたのだろう、周りに誰も居なくなっていた。苦笑、うん、気持ちはよく分かるよ。
最終的に換金ーーパチンコ屋では取得したコインを再び現金に換えられるのだよ、パチンコ屋によっては。ーーしてみるとウン十万の大勝ちだった。パチスロ始めて以来、こんなに勝った事はない。もう既に外はすっかり夜だ。帰り道が怖いぜ。
古井根に報告したかったが、奴の連絡先は知らない。待てよ、名刺もらってたな。うーん、結構遅いし、明日にした方が良いかな。てな事でその日は真っ直ぐ家に帰った。
明くる日も例の社で一掃除、そしてその後名刺に記されている携帯電話番号に自分の携帯電話からダイヤルした。
『タッタタッタタラタタタン~』
直ぐ側でモーツァルトの有名なメロディーが流れた。携帯電話の着信音のようだ。
古井根が立っていた。毎度の事、いつの間に。俺は苦笑しながら、携帯電話の呼出を止めた。
「お早うございます。御利益の方はどうでしたか。」
「あれは御利益なのか。凄かったよ。見せてやりたいくらい。」
興奮した俺の言葉遣いはいつの間にか少々伝法なものになっていた。
「それは良かった。勿論、御利益ですよ。」
「そうなのか。何か機械にヤバい事やったとかじゃ無いよね。」
俺の言葉に古井根は小さく笑い。
「まあ、人知の及ばぬものですね。」
意味深なことを言う奴である。
最初のコメントを投稿しよう!