一 邂逅

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一 邂逅

 勤めていた出版社を自主退職して二ヶ月になる。  はい、現在プー太郎です。  金に余裕もなく、文章で食べられるだけの才もコネも無い身の上、新しい仕事も見つからず、失業手当を貰いながらブラブラしている今日この頃だ。  辞めた理由は人間関係。元々、学生時代から人付き合いが苦手でお世辞にも社交的では無い俺。しかも、上司の編集長がヒストリー持ちのオールドミスと来た日には、神経持ちませんでした。心療内科に行くと、とにかく仕事休めとの助言だった。その先、その業界でやって行く自信も全く無かった。いっその事と自主退職。  いやあ、思い出してもガミガミうるさい上司だった。 「どこ行っても、あなたのような能無しで根性無しは勤まらないよ。」  と有難い惜別の辞。  最近、その頃の心的ダメージからようやく回復してきたところである。  今日もする事もなく、借りている賃貸アパートの近くを散歩しているところだ。  近所に古い神社がある。何の神様を祀っているやら解らないほど寂れたちっぽけな神社で、道路から五メートル位の細い参道を通ると直ぐ社である。  暇の余り、いつもは素通りするその参道に今日は足を踏み入れてみた。  社の前には、これも又古びた賽銭箱が置いてある。賽銭箱を覗き掛けて、おっとと身を戻す。李下に冠を正さず、瓜田に履を納れずのたとえ。実際、昨今何処に監視カメラが有るか解ったもんじゃ無い世の中、うっかり賽銭ドロにでも間違われた日には目も当てられない。 「今日は。参詣の方ですか。」  と突然、背後から声が掛かった。  後ろ暗いものは無いものの、俺はもうぎょっとして振り返ったのだった。  そこに居るのは、俺と同年配の黒の細い丸縁フレーム眼鏡を掛けた紳士だった。因みに俺は二十九歳だ。という事は相手は三十歳前後って事になる。紳士だと言ったが、こんな神社で声を掛けられるにはバリッとした背広姿で、柔和なちょっと、いやいや、かなり二枚目な感じのスラリとした好青年である。 「どうも、驚かせてしまったようですね、失礼。」  俺の表情が強張っていた為だろう。紳士は、済まなさそうに少し会釈した。 「いえ。」  と俺も会釈を返した。 「突然、声を掛けて済みません。実は私、この社を所有する古井根正一位(ふるいねまさかず)という者です。」
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