二 知らぬが仏だったかも

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 キュービーは男の横に立って海を見ながら尋ねた。 「シロナガスクジラを何匹か。」  男は低い声で答えた。  男とキュービーは互いに目を合わせた。 「そいつは何だ。」  男はキュービーから少し離れて後ろに居た俺を顎で指して不機嫌に言った。 「助手です。」  キュービーはシラッと答えた。何時も柔和な表情とは全く別な能面のような無表情だ。初めて目にするそんなキュービーの顔色に、俺は少々たじろいだ。 「話は無しだ。全くプロ中のプロだと聞いていたのに、こんな奴を連れて来るとは。話にならん。諜報活動のイロハも知らない素人だったとは。」  男は尊大に言った。 「そうですか。では、これにて。」  キュービーは能面のまま静かに言って、俺の方を振り返り、 「行きましょうか。」  と促した。何が何だか分からないが、俺はキュービーに従ってその場を離れた。背後から、男の殺気に満ちた視線が感じられたのは俺の気のせいだろうか。  帰り道の車中で、 「お陰で上手く行きました。有難う、土橋さん。まあ、今回はこんな仕事でしたけど、おいおいスリルのある奴も手伝ってもらいますよ。」  とキュービーは何時もの柔和な笑顔に戻って言った。 「あれで良かったのか? 仕事はおじゃんになったような気がするけど。」 「ええ、それで良いんですよ。この仕事は断るつもりでしたから。上手い具合に、向こうが断ってくれました。だってあんな身なりで来る奴ですよ。しかも拳銃まで携帯して。」  俺の推測はまぐれ当たりしてたらしい。 「じゃあ、僕はそのダシに使われた、と言う事。」 「そう言う事です。」  詳しい説明をすると、とキュービーが俺に教えてくれた話は、スパイ漫画のような話だった。  男は総理府に席を置く上級国家公務員だが、その内実は内閣調査室に属する諜報関係者だそうだ。今回、キュービーにはある政治家の抹殺が依頼されるはずだったと言う。キュービーは内閣調査室からは何度か仕事を受けた事が有り、男はそのツテを辿ってキュービーに連絡を取ったらしい。連絡方法まではまだ教えてくれなかったが。  ただその抹殺依頼は、内閣調査室とは全く無関係なもので男が繋がりを持つ別の政治家の利益の為にするものだったとキュービーは言った。その男は自分と繋がりを持つ政治家に、冗談めかしてそれを示唆しておいて、後に貸しとする腹づもりであるという。一種の力の誇示により繋がりのある政治家を牛耳ろうという野心に基づき、キュービーに仕事の依頼をしようとしたわけだ。
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