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これをパワハラと言う。
(九)パワハラ校長、吉村の登場
翌年、深谷は転勤になった。康祐は同じクリスチャンの教師が学年主任をやっている学年で担任を希望した。
進路指導部人権係なんていう部署に回されるのなら担任の方が生徒とも触れ合えるし、良いに決まっている。---健康ならばであるが。
そう。その時の康祐には担任などやる余力はなかった。すぐにパニック障害(不安発作)が出て、六月より休職することになった。
康祐と洋子の夫婦生活が十年も持ったのは、康祐がしょっちゅう学校を休み、暫らく離れて暮らす時期が多かったからであろう。
さて、翌年に進路指導部人権係として職場復帰した康祐に大変な試練が訪れた。
四月当初の辞令交付の日、総務部長の年輩の教師が慌てふためいて職員室へ入って来るなり、開口一番「皆さん、前代未聞の発令が教育委員会から来ました」と言った。その慌てようは尋常ではない。一体何なのだろうか?
「新しい校長が赴任してくるので職員一同で車を出迎えるようにとのことです」
まさに「前代未聞」の発令だ。そんな発令、この後にも前にも聞いたことがない。
嫌な予感がした。
そして、これが吉村靖雄校長との最初の出会いであった。
この校長は、田舎にある銅像のようにふんぞり返っていた。歩く時も座る時もふんぞり返っていた。
威張る事によって自己のアイデンティティーが保たれると信じているようなタイプの人間だ。
恐らく今まで挫折を経験することなくやってきた人間なのだろう。
康祐にとっては最も嫌いなタイプの人間である。
自我が異様に肥大化し、尊大で居丈高な教師の典型であった。
吉村は校長に就任すると、先生方に様々なことを聞きまくった。部活動は何を持てるかとか、3年生をもう送り出したのかとか、学校が変わるが、どう思うかとか、康祐にとってはどうでもいい話であった。
そうこうするうちに、康祐の精神病のことも校長に伝わった。
「あいつは3年生も送り出してないし、しょっちゅう学校を休職するとんでもない奴だ」とでも伝わったのであろう。吉村は康祐を何とか辞めさせようと画策し始めた。
駄目教師を辞めさせるのがあたかも校長としての義務であるかのように考え始めたのである。
*
この頃から康祐は授業を全く聞かない生徒に悩まされていた。---と言っても、かつては教育困難校に七年もいたことがある康祐である。特別なことではなかった。しかし、何かが違っていた。
そう。学校が以前とは違って忙しくなってきたのである。モンスターペアレントも出現し始めた。また、夏休みもなくなってしまった。教師への風当たりが強くなってきたからだ。学校内での喫煙も禁止された。何かぎすぎすした雰囲気が学校全体を支配しはじめていたのだ。この頃から「学校」は一種のブラック企業と化していったようである。
そしてある日、授業を聞こうとしない生徒に対して康祐は切れた。
「じゃかましわい!授業くらい聞け!」
教卓をひっくり返す康祐。
しかし、これは何も珍しい光景でも何でもない。以前に康祐がいた教育困難校では日常茶飯事の出来事である。
だが、なぜかこれが吉村校長の耳に入り、事件となった。
否、今思うとその理由が良く分かる。吉村校長は何か康祐が事件を起こさないか手ぐすねを引いて待っていたのである。そこへ、吉村にとっての朗報が飛び込んできたのだ。元々厄介払いしようとしていた教師である。理由なんか後付けでよかったのだ。
校長室に呼び出された。
「何でこんなことになったと思う?」
「(『こんなこと』って、これがそんなに大騒ぎするほどの異常事態であろうか)いや、彼らは小学校で学級崩壊を経験していますからねえ」
「それだけやろか?」
「じゃあ、顔でしょう」
康祐は童顔である。だから馬鹿にされたのかも知れない。大学時代、古武道部の主将をやっていたが、実際に組手をやるまで後輩達は本当に康祐が強いとは思ってなかったようである。
しかし、吉村は言った。
「顔でこんなことならへんやろう」
そこへ吉村の飼い犬で学年主任の林田が割って入った。
「先生、自分が正しいと思っているんでしょう。ちゃんと立って授業して下さいよ」
康祐は体が疲れるので教卓で座って授業をしていた。それが問題だと言うのだ。
康祐はこの林田も嫌悪していた。職員会議で自分の言ったことに感極まって泣き出したりするナルシストである。
康祐はこいつに「生霊」を飛ばした。今、こいつは精神病院にいる。神が復讐されたのか、康祐の生霊なのかは分からないが、そうなった。
「生霊」などと言うものが登場したが、クリスチャンである康祐は死霊の存在は信じていなかったが、生霊は信じていた。
文字通り生きた人間の霊である。これは呪いとは違って相手に危害を加えてやるといった意志はない。夜寝ている間などに魂が抜けだして他人に危害を加えるのだ。だから文化人類学では呪いを呪術、生霊は妖術と呼んで区別している。
また、生霊は一種の病気でもある。遠野物語でも病気として登場する。
そして、精神を病んだ者はこれを飛ばすことが可能なのだ。事実、康祐は生霊を飛ばして何人かの敵を殺しているし、逆に生霊をある女から飛ばされて母を殺されている。
康祐が生霊を飛ばして完膚なきまでに叩きのめした「敵」というのは、初任校にいた時の教師である。一人は康祐とほとんど年齢の変わらない教師であったが、いつも陰湿に康祐をいじめにかかってたので、康祐は「こんな奴死ね」と思っていた。そうしたら、植物状態になってしまった。もう一人は職員会議で康祐をいじめにかっかった年輩の教師であったが、ある日、地理室で心臓発作を起こして死んでいた。この教師にも康祐は「こんな奴死ね」という感情を抱いていた。どうも「生霊」というのは本当に存在するようである。
また、康祐の母を殺した女というのは大変執念深く、嫉妬心も強い女だった。高校の同級生であったが、精神病院で再会したのだ。彼女はなぜか、いつも背を丸めて歩いていた。そして極端に目が細くてその様はまるで「蛇」であった。この「蛇女」は十分に生霊を飛ばす能力がある。康祐は、かつてこの女からとんでもないことを言われたことがあった。
「私が親から『死んでしまえ』と言われてしんどかった時に小山さん『私の家族は世界一や』なんて言うた」とか言ってきたのだ。
この女とは洋子とつきあう前に少しだけつきあったのだが、こんなことを康祐が言うはずはない。この蛇は、康祐の母親が愛想がよく見えたので、勝手に妄想を膨らませていたのだ。まさに心まで「蛇」である。だから、この女が生霊を飛ばして母を殺したと康祐は信じ込んでいた。だから、康祐は母が亡くなると、すぐさま、この「蛇」に電話を入れた。
「お前、生霊飛ばしやがって、ただではおかんぞ!」
「な、な、な、何のこと?」
明らかに康祐のことを恐れ、怯えているようであった。
その他にも、精神を病んだおかしな奴を何人も康祐は知っているが、どいつもこいつも生霊を飛ばす資格が十分にあるかと言えば、そうとは言い難い。
康祐がいたずら電話をしたと言って難癖をつけて土下座を強要した引き籠り君もいた。しかし、この引き籠り君には生霊を飛ばすほどの力はなさそうである。その理由は、彼があまりにも「子供っぽい」からだ。子供は生霊なんか飛ばせない。母の死に関しては、まちがいなく「蛇女」が生霊を飛ばしたのだ。
さて、康祐は吉村にも生霊を飛ばしたのだが、こいつはまだ生きている。馬鹿の方がしぶといのだ。
その夜、帰宅した康祐の触手がまたしても妻の洋子に伸びた。
「おい。ベール被れ。今から拷問する」
もう洋子には慣れっこになっていた。あるいは、洋子もそれを楽しんでいたように感じられることが康祐にはあった。洋子はこのような康祐の性癖を嫌ったり、拒否したりしなかったからである。
「わかった。何があったの?」
「うるさいわ!着い言うたらとっとと着替えるんじゃ!」
いつもの通り罵声が飛んだ。
その日の康祐は完全に理性を失っていた。 洋子を縛り上げると、スカートを脱がせ、下腹部に何回もパンチを浴びせた。洋子の腹部は、あのアフガンで殺した女のように柔らかかった。その感触がありありと蘇ってきたのだ。
「うー、うー。痛い、痛い」
その悲鳴で康祐は益々燃えてきた。
「俺はなあ、アフガンで女子高生の下腹部をこうゆう風に、そう、こういう風にトカレフで撃ったんや。そうしたら、そうしたら、今のお前みたいにもがき苦しみ出したんや。そやのにあの校長、馬鹿にしやがって!馬鹿にしやがって!もっと苦しめ!」
執拗な康祐の責めが続いた。いつもの責めではない。
「あなた、お願い、もうやめて」
「うるさい!つべこべ言わずに拷問を受けろ」
康祐は、あのアフガンで殺した女の下腹部の感触が伝わって来てもうやめられなくなっていたのだ。柔らかい女の下腹部。女の死体の下腹部。これだ。この感触だ。
康祐は何度もパンチをおみまいした。
「うぎゃーーーー」
とうとう洋子は気を失った。
「ちぇ!つまらない奴や。もう壊れたか」
そう。康祐にとって洋子は「いい玩具」だったので気絶したら「壊れた」と思ったのである。言うことを聞かない「悪い玩具」は壊さなくてはならないのだ。
洋子が気絶すると、康祐の耳にまたあの幻聴が聴こえてきた。
「私をよくも殺したわね。私は玩具だったの?そこで気絶しているあなたの奥さんと同じ玩具だったの?」
「うるさい!お前なんかアフガニスタンへ帰れ。俺は日本人だ。どうしてこうもしつこくやって来るんだ?」
(十)吉村校長、康祐を辞めさそうと画策
その後、吉村はあの手この手で康祐を辞めさせようとしてきた。
理由など何でもよかったのだ。
「大事な仕事のある教頭を自分のものにして。教頭はん、もっと大変な先生の話聞かれへんやないか」
もう教頭に何も相談できなくなった。
そこで吉村校長は言った。
「あんた、困ったら相談する人はいないのか?」
「せいぜい父親くらいでしょうか?」
「あんた、その年齢で何かあったら親父に相談するのか?へー」
康祐の父親は、昔小学校の校長をやっていた。だから先輩教師として教えを乞うこともある。そんなことを吉村は知らなかったので、四十過ぎた男が父親に相談することがおかしかったらしい。
また、何度か吉村が康祐の授業を覗きに来たこともある。
「あんたの授業やったら、やかましい学校へ行ったら余計やかましくなるし、進学校へ行ったら皆寝るなあ」
では、どんな授業がいいというのか?
康祐は授業内容で駄目印を押されたことなどない。大体、教育実習では担当教師よりも授業が上手いと言われたし、生徒の感想文でも「授業が分かりやすくて楽しい」ばかりである。
もし直すことがあるのならば、もっと具体的に何をどう直すのか言って頂きたいものだ。
とにかく、校長は何とかこの問題教師を葬り去りたかったのである。この駄目教師の授業での自信を挫こうと、何の根拠もないことを言ったのである。
そして、康祐はとうとう辞職願を出そうと思った。昔の康祐ならば校長と喧嘩をしていただろうに。駄目教師のうつ手はもうなかったのだ。
事務室へ行く康祐。
「辞職願の用紙を下さい」
事務長はあっけなく手渡した。
しかし、「辞めたら負けだ」という理性の声が康祐を現実に引き戻した。
再び事務室へ。
「あのー。やっぱり教師続けます」
そして、吉村靖雄校長から呼び出しがかかった。
「あんたなあ。辞める言うたり、続ける言うたり、それやったらわしは何を信用したらええんや?」
この一点張りで粘られた。
成程、問題教師が自ら辞めようとしてくれたのだ。後は校長のペースである。この一点での粘り勝ちである。
しかし、康祐には全てお見通しであった。このような汚い手を使う馬鹿上司のやり方なんか知らないわけがない。
「(辞めると言ったらおしまいである)」
今まで精神病を理由に何回も辞めさせられかけていた康祐である。それは嫌と言うほどよく分かっていた。
勿論、精神病と言っても、どんな幻覚や幻聴、妄想が康祐の頭の中で起こっているのかは彼らは知らない。
「あんた。辞めるのか辞めへんのかどっちかはっきりせい」
「だから辞めません」
「それやったらわしは何を信じたらええねん」
「辞めません」
「それやったら何で辞職願をもらいに行ったんや。わしは何を信じたらええねん」
「タバコ吸わせて下さい」
「あかん。隠れて車の中で吸ってる教師がいるって言うのはあんたのことや」
とうとう康祐は最後の手段に打って出た。
「疲れたので医者へ行ってきます」
これは校長と言えども止めるわけにはいかない。「だめだ」と言えば人権問題になる。
そして翌日、康祐は「三カ月の休養を要す」と書かれた医師の診断書を持って行った。
この時の吉村校長の勝ち誇ったような顔を康祐は今でも忘れていない。これで問題教師を処分できるのだ。そう言っているような顔だった。
実は、この直後に人権講演会を控えていたのだ。康祐は人権の係長だったので、本当は休むわけにはいかなかった。講師ももう決まっていた。しかし一旦休むと言ったからにはもう引き下がれない。休む他に手はなかった。また、診断書を教育委員会へ送りつけるなどと言う芸当も当時の康祐には思いつかなかった。
*
さて、三か月が終わろうとしていた。
康祐は府立病院の診断書と主治医の診断書を手に学校を訪れた。
「職場復帰可能」という診断書だ。
「やっと職場復帰できるぞ」
康祐は浮かれていた。
しかし、その時の吉村校長の言葉に康祐は二の句を告げられなかった。
「今ええ先生が来とるのや。すまんけど三月まで休んでくれ」
精神的な病というものは、一般に病とは見てくれないものだ。「怠け病」のレッテルを貼られて差別されるだけだ。それは康祐もよく心得ていた。しかし、「休んでくれ」とは一体何だ?公立病院と主治医の診断書があれば職場復帰できるのではなかったのか?
慌てふためいて康祐は知り合いの弁護士に相談した。弁護士に相談するような事案かどうか分からなかったが、吉村のあまりにも一方的なごり押しに頭髪天を突く勢いで康祐は怒ったのであった。
「こうなれば、うつ手はみんな打ってやる」
そう意気込んでいた。
知り合いの弁護士と言っても父の教え子であり、京大出の有能な人権派弁護士である。彼は、「管理職との会話を必ず録音するか、あるいはメモに取っておくように」という指示を出した。
また、当時はまだ認知症になっていなかった康祐の父親も教育委員会へ電話した。
もう一度話し合いが行われた。
学校へ出向いた康祐は弁護士に言われた通り、校長や教頭から言われたことを全てメモした。
教頭の笹山が言った。
「昔、今帰ったら迷惑でしょうからもう少し休みますと言った先生が居たけど、男らしい立派な先生やと思ったで」
「今来てる先生はなあ、土日返上で剣道部の面倒見てくれよるねん。あんた、そんなことできるか?」
康祐は、合気道の顧問として遅くまで残って仕事をしていた昔のことに思いを馳せた。しかし、勿論ここには合気道部なんかない。唯一指導できる空手部さえない。なのにどうしろと言うのか?見られる部活動があったらきちんと見てるはずである。たまたま剣道の得意な講師が来たということだな。
教頭が言葉を継ぎ足した。
「あんた、メモばかり取っているけど何や?」
そんな質問に正直に答えるほど康祐も馬鹿ではない。
診断書を持っている康祐の方が断然有利なのだ。教諭は講師と違って、医者のきちんとした診断書があれば職場復帰できるのだ。
「わかった。それなら戻ってもええけど、校長室で模擬授業やってくれ。それはええな?」
吉村はただ虐めたいだけの理由で模擬授業をするつもりだ。勿論、企業でも復帰前の社員が軽い仕事をすることはある。しかし、そんなものとは違うことは康祐には分かっていた。
ここで、康祐を虐め倒して復帰の意志を挫こうという腹であることは明確だ。このような模擬授業を「復帰前の軽い仕事」としてやらせること自体がおかしい。民間企業と違って、正教員というものは公立病院と主治医の診断書があれば仕事に復帰しても何の問題もないのだ。特に、康祐のような気の弱そうな奴には復帰してほしくないから模擬授業でいじめようという魂胆であることが分からないような康祐ではない。
大体、教師というものは常に居丈高でふんぞり返っているものだ。 また、教師というものは精神疾患に対して理解が全くない。
病気だとは思っていないのである。
不登校生や引き籠りに対する奴らの見方もその程度である。
「あの子の怠け癖は一年の時からやな」
「わしも休む方法教えてほしいわ」
「引き籠りなんか飯食わさんかったら治るんや。甘い親が飯食わすからあかんのや」
「不登校?そんなんやる気のないだけの問題や。やる気があったら学校くらいきちんと出て来る」
このような酷い言葉は職員室で何度も耳にしている康祐であった。
(十一)模擬授業
こうして模擬授業の日がやってきた。
校長・教頭・教科主任・事務長などが顔を揃えている。
康祐は「鎌倉幕府の成立」という単元を選んだ。世界史が専門であったが、どっちみち虐められるのである。何でも良かったのだ。 教案のプリントを配り終えて黒板の前に立つ康祐。
「前の平氏政権から説明しましょう。平清盛は自分の娘の徳子を高倉天皇の奥さんにして、二人の間に安徳天皇が生まれて、権力を振るいました。(黒板に系図を書く)これは何かと似ていませんか?山口君(社会科主任)」
「わかりません。あのう、わかりません言うていいんですね」
社会科主任は人柄は悪くないが、何かこの模擬授業を楽しんでいるようである。
「摂関政治です。いいですか?平氏政権というのは半分貴族で半分武士の政権だったんです」
突然、吉村校長が口を開く。
「おい、笹山君(教頭)、修学旅行何処行くで?」
「(さあ、嫌がらせのお出ましだ)吉村君、修学旅行の話は休み時間にいっぱいして下さい。今は日本史の時間です」
そして、源平の合戦の話の途中でまたしても校長の嫌がらせ。
「先生、質問。僕ら専門学校行くので日本史なんか関係ないんですけど、なんでしないといけないんですか?」
「それは大事な問題やからねえ、休み時間にしつこうに聞いてきて。わしもしつこうに答えたるから」
「おい、下らん授業やのう。出て行くか?笹山君よ」
康祐は無視して授業を続ける。
そして話が終わりかけの頃、吉村がまた口を挟む。
こいつはよっぽど康祐の授業に難癖をつけたいのだ。
「半分武士で半分貴族言うたら、顔の半分は貴族で半分は武士の格好しとったんかいな」
(いくら何でもそんなこと言う奴は本当の馬鹿である。)
「あんた、生徒が胸倉掴んで来て、何で今頃帰って来たんやと言われたらどないするねん?」
(この校長は康祐が武道六段で、昔は喧嘩に明け暮れていたことを知らないらしい。胸倉を掴んで来た生徒を関節技で固めるくらい朝飯前である。勿論、アフガニスタンでのことも知らない。)
そして、一時間の模擬授業は終わった。
「わしは教育実習の時、一時間教えるのには十時間教材研究せなあかん言うて言われたわ」
(こいつ、相当なアホである。康祐は教育実習で『担当教員よりも上手い』と言われた。『一時間教えるのに十時間教材研究をしなさい』と言われたなんて自分の馬鹿をさらけ出しているようなものではないか)
「まあ、前にも言うたけど、あんたの授業やったらやかましい学校へ行ったら余計やかましなるし、進学校へ行ったら皆寝るなあ」
その何の根拠もないことをまたしても吉村は口にした。
そして、模擬授業が終わり、何とか職場復帰できた。勿論、康祐は今来ている講師の先生には悪いとは思ったが、元々三か月の診断書のはずである。それを言ってきかせるのが校長の務めではないのか?
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