復讐じゃ、復讐じゃ。

1/1
前へ
/8ページ
次へ

復讐じゃ、復讐じゃ。

(十七)吉村校長への復讐  ところで、康祐という男、やられたらやられっぱなしという男ではない。どんなことをされても必ず復讐を果たしてきた男だったのである。残念なことに深谷には復讐する機会を逸してしまったが、この吉村には復讐しないという選択肢はなかった。  康祐は吉村のために何もかも失った。妻には去られ、特別支援学校も辞め、家族も仕事も社会的ステイタスも全て失ったのだ。  「絶対に復讐してやる、絶対にな」  勿論、復讐することはキリスト教徒には厳に禁じられている。しかし、康祐は昔から復讐魔であったのだ。  小学校の時の上級生のいじめっ子には腕力では勝てないので、飼っていた犬を撲殺し、石を投げて窓ガラスを割った。中学校の時のいじめっ子には古武道で復讐を遂げた。いじめた教師の車のタイヤをパンクさせた。  そして復讐の刃は吉村にも向かった。  ある日のことである。なぜかパソコン上に吉村の住所と電話番号が記載された。どうやって個人情報が漏れたのかは定かではない。しかし、復讐対象がどこにいるのかは特定できた。  さあ、復讐だ。  と言っても、子供の時のようなことをやれば、こちらが警察に捕まる。あくまでも合法的にやる必要がある。それだけ康祐は「成長」していた。  先ず彼がやったことは登記簿を取り寄せることであった。登記簿というのは誰でも自由に閲覧できる。個人情報の保護なんか関係ないのである。  登記簿で判明したことは、吉村が大阪近郊の清荒神という所に木道二階建ての家を一千万で購入し、その時に○○信用金庫から融資を受け、平成6年に全額返済したということであった。  そこで康祐は次のような葉書をワープロで打って吉村へ送りつけた。  「清荒神に木造二階建ての中古の家を一千万で購入し、○○信用金庫への返済も平成6年には終えられていますねえ。いよ!さすがは教師の鏡」  受け取った吉村としては、「誰が、どうしてこんなことを知っているんだ」と思って気味が悪いはずだ。  また、次のような葉書も職場と家に送った。  「一生忘れない。一生忘れない。一生忘れない。一生忘れない。一生忘れない。一生---」  この繰り返しだ。もしも「殺す」なんて書いたらこちらが脅迫罪に問われる。恐喝も脅迫も強要もしないように、すなわちこちらが臭い飯を食わなくてすむように考えなくてはならない。  また、家の電話にはナンバーディスプレイがついていたので、184を押して電話したら「ナンバーを通知してお電話下さい」とナレーションがかかった。なかなか用心深い。  しかしある日、康祐は意を決して番号が表示されるようにして吉村に電話した。その時、吉村は大変ビビっていたようだった。  では、その電話の内容をお話しよう。  「もしもし、吉村校長先生のお宅ですか?」  「はい、私が吉村です」  「わしが誰かわかるか?あんたのために妻も仕事も失った人間や。何もない人間ほど強いものはないぞ」  「何ですか?私、今心臓がバクバクいうてるねん」  「あんたの心臓がそんなに弱かったかなあ?あんだけ威張っておいて。ちなみにわしは法律には詳しんや。脅迫も強要も恐喝もしてないで」  「あなたねえ、こちらを怖がらせたらそりゃ脅迫にもなりますよ」  「あんたがこんなことで怖がるような人間か?ええこと言うたろ。あの『一生忘れない』の葉書も『清荒神に木造二階建ての家買ってご立派ですなあ』の葉書も俺じゃ」  「あのー、何の用ですか?」  「何の用ですかやと?こっちの生活を無茶苦茶にしておいて『何の用ですか』やと?こら」  「あのー、『こら』はやめて下さい。怖いです」  「あんたが校長やってた時に俺が言われたこと復唱したろか?」  「あんた、生徒が胸ぐら掴んできたらどうするねん?とか言うたなあ。俺は古武道二段、居合道二段、空手初段、合気道初段や。そんなもんあっという間にねじふせられる」  「お強いんですなあ」  「あんた本当にビビっているのか?あんなに威張っていて」  「いや、あの頃は校長やったから威張るように見せかけていただけです。今怖くて怖くて心臓バクバクですねん」  「ほほー、するとあんたは自分の弱さを隠すために威張ることによってアイデンティティーを保っていたわけや」  「うまいこと言いますなあ」  「俺が誰か分かったか?その後も別の学校で校長して○○短大で学生部長か?ええのう」  「そんなこと、それから家のことも何で知っているんですか?」  「アホか?あんた校長やったんやろ?あんたにプライバシーなんかないで。さあ、そろそろ俺が誰か分かったやろ。今録音しよるのやろけど、そんなもん警察へ持って行っても何の罪にもならへんで」  「あんた、もしかして小山先生か?」  「分かったか?あんた『あんたの授業やったら進学校行ったら生徒は寝るやろなあ、うるさい学校へ行ったらもっとうるさくなるやろなあ』いうて言うたやろが。そやったらどんな授業がええねん?今ここで言うてみい、こら」  「あのー、『こら』はやめて下さい。それから、わし、そんなこと言うたかなあ。それにしても悪いことしたなあ。わしも色んな先生から恨まれてるんやろうなあ」  「そんなこと知るか?とにかく俺は『一生忘れない』やからな。勿論どうのこうのするわけではないけど」  「そうか、悪かった」  こんな感じで話は終えた。昔と違って窓ガラスを割ったり愛犬を殺したりはしないが、なんとなくわかったようであった。そして最期に聞かれた。  「あんた、これからどないするんや?」  「俺はイラクからシリアへ渡る」  「そんな危ない所へ行くんか?気をつけてな」  「俺は命なんか惜しないねん。昔テロリストやったしなあ」 (十八)最終章。DV夫の最期           とんでもないDV夫であった康祐は特別支援学校で卒業生を送り出した後、教師を辞めた。  そして、考えた。  学校教育の現場では、人間を差別する側とされる側に分けて教えている。しかし、人間なんてそんな単純なものではない。どんな人間でも差別する側にもされる側にもなり得るのだ。  事実、康祐は知的障害を持った妻の洋子を差別し続けてきた。  その一方で、精神障害者として差別されてきた。  「学校で」である。  不登校やひきこもりの生徒を抱えた教師や親御さんはどこにでもいる。しかし、悲しいことであるが、学校の教師達は彼らのことを明らかに差別している。  不登校やひきこもりは「怠け」だと思っているのだ。特に、何の挫折もなくやってきたエリート教員にその傾向は強い。  不登校とは学校への不適応ではない。むしろ「過剰適応」なのである。無理をして学校に適応しようとするから「不登校」という症状が出てくるのだ。  また、教育者が不登校児やひきこもりに対して何の対策も講じないばかりか、彼らを「差別」の目で見ているのだから------。 *  さて、この後康祐は郷里へ帰り、特別支援学校で教えることになった。そして、「優しい先生」を演じ続けた。洋子への罪滅ぼしと思ったのかどうかは分からない。  そして、何処へ行っても卒業生を送り出せずにいた康祐であったが、不思議なことに、ここで初めての卒業生を送り出した後、教師を辞めた。そして人生に見切りをつけた。やけになったのである。  康祐は一人でイラクへ飛んだ。バンコク、デリーを経由し、バグダードへ着いた。昔アフガンで感じた土埃の匂いがする。その匂いがかつてテロリストとして働いていた時の郷愁を感じさせた。  そして、またもやテロリストと合流しようとしたのだ。しかし、この頃には既にイラクもシリアも無政府状態であった。どこでテロリストと合流していいのか分からない。以前のアフガンとはまるで勝手が違った。下手をすれば、日本人だということで逆にテロリストの恰好の標的にされる。仕方なく康祐はイラクとシリアの国境地帯にある廃屋になった家を転々としながら今まで自分のやってきたことに思いを馳せていた。食糧や水は当然奪った。    ある日のことである。康祐はあてもなく、また無謀なことに地図も持たずに知らない町をさ迷っていた。  急にサイレンがけたたましく鳴った。空襲である。  空を見上げるとアメリカかロシアの爆撃機が絨毯爆撃をしている。  「これはいかん」  康祐は民間人の家へ逃げ込んだ。  「Who are you ?」  突然の珍客に家にいたお父さんが叫んだ。そして、そばに置いてあったピストルに手を伸ばそうとした。髭がぼうぼうの東洋人がいきなり家へ入りこんできたのだから驚くのは当然である。  「これはまずい」  康祐は咄嗟の出来事に勝手に体が動いた。  康祐の空手が炸裂し、お父さんはそのまま倒れた。  見ると、中に子供達とお母さんもいる。突然の珍客にぶるぶると震えていた。  康祐はお父さんが発射をためらっていた銃を奪うと、お母さんも子供達も撃った。そして最後にお父さんも撃った。そして食糧と水を奪ってがぶがぶとやりはじめた。そして叫んだ。  「俺は超人だ!ニーチェの言った超人だ。もっともっと殺すぞ」  その時であった。康祐の耳にお母さんの死体からあの声が響いてきた。アフガンで殺した女子高生の声だ。  「あなたは悪魔よ。こんどはお母さんまで殺して。馬鹿ね。ここにはISもいるのよ。あなたも殺されるといいんだわ。私のようにね」  「うるさーい!この野郎!まだ死んでないのか?」  康祐は何度もお母さんをピストルで撃った。撃つたびに「死体」はビクリと動く。それでも構わず、康祐は撃ちまくった。お母さんは既に人間の形を整えていられなくなっていた。  その瞬間であった。康祐の体が吹き飛んだ。爆撃機が爆弾を投下したのだ。  狂ったDV夫にはふさわしい死であった。 了
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加