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理由もない、義務もない。
そんな曖昧でふわふわしたどこまでも自由な時間に身を落とす。
町の中心を流れる大きな川に沿って、ずっと遠くまで河川敷が続いている。僕はその斜面に仰向けで寝転びながら、あたり一面に生えている名前も分からない雑草を全身で踏み潰していた。
首を締めるシャツの第一ボタンは外そうにも片手じゃなかなか外れなくて、さっきから何度もペチ、ペチと間抜けな音が繰り返し起きている。
それでも僕が左手を動員しないのはなんだか負けた気がして嫌なだけ。
それだけだ。
ただ、何度人差し指と親指をこねくり回してもボタンはピクリとも動かない。流石に指先が痛くなってきた。
僕らの頭は単純なもので、暑いと苛々の違いを正確に判別できないらしい。暑いから苛々しているのか、目の前の事象に苛々してるのか、分からないのだ。
僕は遂に頭の中で暴れ回るそれに負け、深いため息と一緒に左手をそっと添えた。
ものの1秒であっさりと外れた第一ボタンが連れてきたのは夏風。木陰で少しだけ冷やされた湿気の薄い空気は、喉を一気に駆け抜けて全身へと染み渡る。体はあっという間に平静を取り戻した。
めいっぱい両手を広げる葉桜の枝の隙間から広がる空を仰いだ。
その先ではこの時間そっくりの雲があっちからこっちへと流れている。のっそり、ゆっくり、まるで僕とは違う時間軸を生きてる生き物みたいだ。
一度、瞬き。
首にちくちく刺さる雑草のくすぐったい痛み。
生々しい土の匂い。
自転車のベルの音。
飼い犬がすれ違う時にワンワン吠えあって。
野球部がランニングに精を出す。
大きなクリップで留められた原稿用紙が僕の隣でパラパラとめくれた。半分ほどまで満たされた文字の数々が何の感慨もなく踊る。
夢、希望
綺麗な言葉と
僕が正しいと思うメッセージ。
僕が描いた物語の主人公は勇猛果敢でいつだってかっこよく、慎ましいヒロインはいつだって美しくて、2人はみんなの憧れだ。
この原稿用紙には、僕の希望しか詰められていない。
いなかった、気がする。
「よー、なんしょんやお前、まーたここにおったんか」
────来た。
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