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顔に優しい影が落ちる。田舎者丸出しの無骨で荒々しい、彼特有の声が耳に心地いい。目に飛び込んできたのは土と汗がいっぱいに染み込んだユニフォーム。白い歯と、悪戯っぽい猫目。
思わず何度も瞬きをする。
「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ」
そのあと底抜けに明るい笑い声が続いて、茶色く日焼けした頑丈そうな腕が僕のもやしみたいな腕を思いっきり引っぱった。
「そのうち雑草と同化するんちゃん、お前」
「同化しても君は僕を見つけてくれるかな」
「さすがに無理やろ、笑わすな」
野球帽を脱いでケラケラ笑いながら彼は僕の隣に腰を下ろした。小馬鹿にした嘲笑は僕がこの世で嫌いなものトップ3にランクインする。でも彼の、軽薄なのに裏がない笑い声はなぜか嫌じゃなかった。
「あぁ、でもお前女顔のくせに一丁前に足臭いやん? 足の臭いしたら分かるかもしれん」
「ふっ、バカ言うなよ……まじウケる」
「そや、こないだドラッグストアで臭い足に塗るやつ見つけたぞ。めっちゃ効くらしい」
「何、買ってきてくれたの?」
「980円やったから諦めた」
「なんだ。そこは買っとけよ」
「ま、アイス分けっこで食うとる俺らには到底無理な代物やって話やな。潔く諦めろ。明日の席替え、隣女子じゃないことを祈っとれ」
「ちぇ」
パッキン、といつもの音が聞こえる。渡した20円と引き換えに差し出されたのは、細くていかにも不健康そうな水色。そこの古びた駄菓子屋で買える一番安い棒付きソーダアイスだ。真ん中で二つに割れるからもっと細くなる。
彼はいつも三口で食べ終える。僕は何だかもったいないからチビチビ舐めつつ息長く食べる。
そこから始まる僕と彼との時間は、大概くだらなかった。本当にくだらない、取るに足らないものだけで満たされている。
満たされていた、気がする。
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