《こ ・ こ》

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 それは二月に転職したばかりの新しい勤務先である工場へ、もっと通勤しやすいところはないだろうかと思っていた矢先のこと。ある不動産会社の前を通りかかった。通勤路からは少々外れたところにある全国展開の大手不動産店だ。普段利用する地元の小規模スーパーとは別の大型スーパーの近所にあり、新興住宅街の一角にある。大通りに面したガラス窓には、かわるがわる時事ネタのギャグを盛り込んだ張り紙で出迎えてくれるユニークな不動産屋だった。こういった装飾ものは各店舗の店長の裁量に委ねられているのだろうか。  ちなみに目当てのもの、2リットルのお茶や清涼飲料水などが売り切れている際この大型スーパーへ立ち寄る。こちらは補充用商品がたくさん置ける広めのバックヤードがあるのかもしれない。その日も特売だったのか2リットルのペットボトル飲料の陳列棚はスカスカで、好評につき売り切れご容赦うんぬんの手書きポップがわたしを出迎えてくれた。そして件の不動産屋の前を通りかかることとなる。  そこには今よりも職場に二駅近く手頃な賃料そして角部屋の物件がドア前掲示板へ貼りだされていた。幾日か考えたのち、わたしは不動産会社を訪れ出入り口の引き戸を開けた。これがことの次第である。対応してくれたのは意外にも不愛想でつっけんどんな従業員で、表のユニークな張り紙のことはなんだか話題にしづらく聞きそびれてしまったが、仕事ぶりは悪くなかった。  内見もさせてもらい契約書にサインん済ませると引っ越すまではニ、三週間かかったかかからないかぐらいだったと記憶している。入居したのは左角部屋の二○一号室。  その二週間後に越してきたのが中部屋の二○二号室の騒音隣人。さらにその隣の右角部屋が二○三号室で、こちらには別の先住人がいる。階下にも三部屋ある、住人の姿は何度か見かけたくらいにしかわからない。  このわたしにとっての隣人ーー無遠慮で厄介な騒音の主ーーについて同じアパートの他の住人達は静観を決め込んでいるのかと思っていたけれど、さきほど聞いた話ではどうも違うらしかった。
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