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2.シノさんの思惑(1)
「ケイちゃんさ〜、せっかくエビちゃんがメゾンに住むよーになったんだから、デートのひとつもすりゃいーのにな〜」
エビちゃんとは、このメゾン・マエストロに先日入居した敬一クンの友人で、シノさんが殊更お気に入りになっている海老坂千里のことだ。
シノさんは "エビちゃん" と呼んでいるが、俺は心の中でこそっと "エビセン" と呼んでいる。
このエビセンは、シノさんに勝るとも劣らぬ美形なのだが、美青年というより美少女みたいな顔をした男なので、シノさんとはタイプが全然チガウ。
そして俺はその美少女みたいなエビセンを、全力で避けている。
女みたいでキモイ…、とかいう理由ではナイ。
エビセンは、敬一クンと同じく、大学に進学したところで学業に専念したらしいが、高校時代の二人はスポーツ選手的にライヴァル関係だったらしい。
敬一クンは服の上からでも判る、ガッチリと筋肉が付いたゴリマッチョ系だが、エビセンは脱いだらスゴイ細マッチョ系で、体育会系で培った年功序列の礼儀とか、キビキビした態度とか、きっちりしっかり身についている。
だけどいっそ顔に似合ったナヨナヨしたタイプであれば、俺はここまでエビセンに恐怖感を感じなかったかもしれない。
一体、エビセンの何がそんなにオソロシイのか? と言うと。
とにかく、目がコワイのだ。
それは、いわゆる眼光鋭い "眼力" が強い…とかってハナシではナイ。
例えるなら、一見可愛い子猫に見えたものが、家に招き入れたら実は体長10mの化け猫で、気付いたら頭からバリバリ食われていた…みたいな感じだ。
言っても誰にも解ってもらえないが、アイツは絶対、そういう性根をしている。
「エビセンとデートさせたいなんて、俺にはシノさんがナニ考えてるのかさっぱりワカンナイよ」
「エビちゃんって、イイ目をしてるじゃん。最高のカレシになると思うぜ! ケイちゃんみたいな天然サンには、ビッタシだよ」
シノさんは、その言葉とは裏腹な妖怪じみた「ケケケ」ってな笑い声を出す。
つまり、俺がコワイと感じているあの眼光を、シノさんは面白いと思っているってことなんだろう。
もっとも、敬一クンの天然っぷりを考えると、気の回るエビセンみたいなヤツがサポートに回った方が、イロイロ上手くいくのかもしれないが。
どっちにしろ、誰と付き合うか? なんてハナシは、当事者の問題であって、外野が口出すべきことじゃない…と、俺は思う。
「それならまずは、寝室をシノさんと別にすることから、考えたほうがいいんじゃないの?」
「デートならエビちゃんの部屋で出来るじゃん」
「エビセンの部屋は、コグマとシェアしてるんだから、デートに使うのは無理でしょ」
「コグマぁ? あんなフワフワ遊び歩いてる電書ボタルみたいな惚れっぽいのに、気ィ使う必要ねェじゃろ」
「惚れっぽくて遊び歩いてたとしても、コグマは部屋に誰かを連れ込んだりしてないじゃん。先にエビセンがマナー違反するのって、どうよ?」
「じゃあ、毘沙門とか」
「あんな大柄の男子学生がデートなんてしてたら、悪目立ちしちゃうに決まってんでしょ! 商店街の風紀委員に通報されたら困るじゃん。毘沙門はショーゴさんの管轄じゃないから、融通も利かせてもらえないんだからね! 敬一クンが前科モンになったらどうするんだよ!」
ショーゴさんと言うのは、最寄りの派出所に詰めている巡査で、俺達とは小学生の頃からの幼馴染だ。
「じゃあ赤城神社?」
毘沙門と何がチガウのか? と問うたところで、シノさんが俺の期待するような返事をするはずも無いだろうし、そもそもエビセンとデートってだけで、既に敬一クンが頭からバリバリ食われるイメージしか沸かないから、俺はこれ以上この話題を続ける気力が無くなった。
「いや、俺が言いたいのは敬一クンのプライバシーを大事にしたいなら、部屋にベッド買ってあげなってだけだったし」
「出物の家具が見っかるまではムリ〜」
「なにそれ?」
「ケイちゃんは実家の援助受けたくないっつってるしー、俺も家具なんて金払って買いたくねェし、店の利益のほとんど全部、オマエの給料に払っちまってるしぃ」
「いなきゃ困るクセに…」
「それは知っちる。でなきゃ給料なんか払わねェっての」
シノさんはやっぱり、意味深な感じの笑みをニヤッと浮かべた。
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