カケラ[2]追想

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カケラ[2]追想

ボクがこの施設を訪れるのは二度目、しかも今回は同行者在り。 彼は今回の選挙で福島県議会議員に選出されたばかり。 バリバリの若手議員を連れての再訪である。 彼の実家は東日本大震災で津波に呑まれてしまった地区。 家族で生き残ったのは東京に出ていた彼のみであった。 大手電力会社を相手に訴訟を起こしているのだが…。 その敗戦濃厚な訴訟の弁護士に選出されたのがボクという訳で。 「ここがお話ししたデジタル・データ・ディテクティブです。」 「ディテクティブ…。」 前回に協力して貰った時は、何故か裁判が途中で引っ繰り返った。 敗訴濃厚だったのだが、新たな証拠が持ち出されて勝訴。 その出所はボクにも不明だけれど、真実は明かされたのだった。 今回は裁判の為に訪れたのではなかった。 未来の設計図を引く為に、過去の整理に来たのである。 予め前回の協力者である弐鳥教授にアポイントは取ってある。 「お久し振りですね、雛豆弁護士。」 「ご無沙汰しています、弐鳥教授。」 「初めまして、福島県議会議員の日向です。」 「この施設の責任者の、弐鳥です。」 ニ人は挨拶もそこそこに施設へと通された。 本当に何も装飾が無い造りで、真っ白としか印象が残らない。 創業者である壱石博士のデザインらしいから、簡潔な人物だったのだろう。 三人はモニター室へと入って行った。 雛豆は二度目だが、やはり余分な物の無さに驚いてしまう。 仕事をしている場所なのに、生活の匂いがしない。 作業に必要な機械と資料以外の物が全く見当たらないのである。 整理整頓だけでなく、清掃までもが徹底管理されているのだ。 人間味も生活臭も全く無い。 それには議員も少し驚いている様だった。 壁一面の巨大なモニターの前で議員が教授に尋ねた。 「予めお送りした資料で足りるのでしょうか?」 「震災前の写真が少ないのは仕方が在りませんね。  避難中は個人撮影や中継の為に映像が多い。  これは完成形を提示していないので使用しにくいのです。」 「成る程…。」 人は誰もが未来の出来事を予想してはいない。 最悪の未来なら尚更である。 普段、自分が生活している住居や街並みを撮影したりはしないものだ。 それが一瞬で消滅するなんて思いもしないから…。 今回の試みは少し難航しそうである。 「でも予め地図はデータとして取り込んであります。  その上でデジタルデータを上書きしていく事になります。  AIの補正がどこまで効くのかは未知数ですが…。」 モニター前のヴィジョン・テーブルに地図が浮かび上がる。 議員が身を乗り出して懐かしそうに眺め始めた。 この地図の上に街並みを再現し、ホログラム化するのである。 教授がモニターのスイッチを入れた。 一面に夥しい数の写真が敷き詰められている。 議員の実家の近所の街並みの写真が主である。 何枚かの写真が光る。 デジタルデータとして取り込まれているのだろう。 テーブル上に街並みが構築され始めた。 大型商業施設や学校や病院は比較的簡単に再現出来た。 議員は駅前の商店街を目を細めて見入っている。 大学入学で上京するまでの、生まれ育った故郷の姿。 もう今や何一つ存在していない。 涙が溢れてきていた。 「あまり再現出来ていませんね…。」 「やはりデータが少な過ぎるのでしょうね。」 テーブル上の街並みの再現度は低かった。 ホログラムの建物は、ぽつりぽつりといった感じである。 「これではミニチュアも造れないかな…。」 議員は消滅してしまった故郷を形にして残したかったのである。 震災の記念碑として、未来への戒めとして。 「ゲームオーバーですかね、教授…?」 「もう資料のデータは全て取り込んだのですが…。」 「あのう…、ボクに提案が在るのですが…。」 ボクの提案は、簡単に実行出来る事であった。 ネット全盛の時代、使わない手はないんじゃないのか? SNSから搔き集めればデータは足りるんじゃ…。 「ハッシュタグを使って街の写真を集めるんです。  ツイッターやインスタグラムから。  もちろん無断借用にはなりますがね…。」 「それは良いアイデアですね。」 「成る程、それには気付かなかったですね。」 早速、サードアイの視線をSNSに向けさせたのである。 ネット上のデータの回収と選別を開始した様であった。 巨大モニター全体に新たに沢山の写真が敷き詰められていく。 三人が予想していたよりも、それは遥かに大量であった。 それは故郷を失った者達の悲鳴の様でもある。 すこしでも想い出を拡散し共有しようとする為の投稿。 家族や友人の安否を気遣う文章と共に。 携帯端末の発達と共に写真の投稿数も飛躍的に増えた。 国民全員がカメラマンと言っても過言ではない。 皆が自分の抱えた想い出を放出しているのだ。 「思っていたよりも遥かに多い…。」 「皆、故郷への思いが強いんでしょうね。」 「故郷…。」 震災直後から現在までの総数は物凄い数となった。 ホログラムの街並みがどんどん出来上がっていく。 まるで何事も無かったかの様な景色が再現されていった。 「海岸線から直ぐの駅前、商店街。  ここが私の実家です…。」 議員がホログラムの一カ所を指差して呟いた。 彼の心の中では、懐かしい景色が蘇っているのだろう。 「この3Dデータならミニチュアで再現するのに役立ちますね。」 「本当にありがたい、感謝してもしきれない。」 議員は涙を拭きながら教授に感謝を述べた。 ボクは連れて来た甲斐が在ったと、心の中でホッとした。 「それでは予算案が通りましたら…。」 「本当にそれで良いのでしょうか?」 「我々は利益だけを追求しておりません。  バックもきちんとしている組織でありますし。」 「はあ、ありがとうございます。  訴訟も県政も真剣に取り組む所存です。」 こんな素敵な街並みが一瞬で消滅してしまったのか…。 人間の存在なんて神の掌の上で転がされているだけだ。 議員がもう一度ホログラムの街並みを眺めて言った。 「私は、もう家族には会う事が出来ません。  けれど家族の存在を感じる事は出来ます。  皆…あの街の中に住んでいますから。」
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