2人が本棚に入れています
本棚に追加
第1章 1.あなたはまぎれもなく……
手は自由に動くし首も上下左右に動く。口も開くし、うっすらとだが、花のようないい香りもする。でも、何となく下半身が冷たく、強度に視力のよくない友達のメガネをかけたときみたいに、あきらかに視覚がおかしかった。
井ノ部優希は固いものの上にぺちゃんと座っていた。ふくらはぎも、腿も、おしりも冷たいが、座っている場所を手で触ってみると氷の感触とは違っていた。
霧がかかったように視界がぼやけていたが、自分が身に着けている服が赤い色だということはかろうじてわかった。
やがて、ほんの少しだが、視界が開けてきた。優希はあたりを見渡すと、ほのかに光を帯びた白い空間が広がっていて、赤や青、黄色やピンク、緑や紫などの明るい色が、ぼやっとだが遠くのほうに小さく見えた。
見たことのない景色だった。それに、耳に入ってくるのは水しぶきのような音だけで、人気が感じられない。
「誰かいますか?」
どこに向けて訊いていいものかわからないままに、優希は頼りない声で呼びかけたが、何の返答もない。
――ここはどこ? いったい何が起こった? 今はやりの異世界転生ってやつだったりして? などと、ふざけている場合じゃない。
この景色は偽物だ。目に映っているのはきっと幻。……違う。たぶん夢の中? まさかとは思うけど、もしかして、私、死んだの? だとしたら、ここは天国ってこと?
いやちょっと待った! そんなこと、あるはずないって。だって私はまだ、高校2年だよ。死ぬわけないじゃん、病気持ちでもないのに……。ならば、事故にでも巻き込まれた?
思い出せ私、思い出せ私、どうか思い出せ私。
落ち着け、落ち着け、落ち着け……、とにかく、落ち着いて思い出そう……。
最初のコメントを投稿しよう!