隠蔽は、成上りの痩せ我慢-001

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隠蔽は、成上りの痩せ我慢-001

    プアン、プアン、プアン、プアン、プアン。  鳴り響く警告音。  白塗りの壁面を赤色灯が血の色に染めていた。  極秘生物兵器研究する中酷科学学院武漢病毒研究所。  表向きは中酷で起きる自然科学とハイテク総合研究の総本山。裏では、重症急性呼吸症候群(SARS)やコロナウイルス、H5N1インフルエンザ、日本脳炎、デング熱のウイルス、炭疽菌の研究のほか、そのデータを元に様々な病原菌を使ってコントロール可能な生物兵器を作っていた。勿論、極秘である。中酷人民共和国の生物兵器を作っているかの問いには当たり前の全面否定。  中酷人民共和国の思惑は経済・権威で世界を牛耳ることにあった。略奪と支配、それが中酷人民共和国の素性とも言える国家だった。  軍事による世界征服は机上の空論。なぜなら、自らが開発した決定的な兵器はなく、不正に入手したデータを元に作成したコピーか擬態もどきのものしか作れないのが現状だった。自国民の才能では無理。主席そのものが国民の能力のなさを熟知していたからである。偉大な研究に与えられるノーベル賞の受賞を目指し、多大な国費を投入するも結果は出る所か「発見・発明・工夫」と言う概念がないことを思い知る結果となった。  楽して儲けよう、奪って儲けよう、それの何が悪い。それが国民感情であり気質であることを思い知らされる。ではどうすれば、願いが叶うのか?  それは簡単だった。各優秀な研究者、技術者のナンバー2を狙う。トップになれない、才能を評価されない者にターゲットを絞り、潤沢な資金を鼻っつらに垂らす。これは思いのほか上手くいった。  研究施設も金銭に物を言わせて、病原菌の拡散を防止するための最も厳しい安全基準「P4」を満たすものをフランスから買う。  この行為は、アメリカのCIA、イスラエルのモサド、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(UK)のMi6などの諜報機関の関心を集める結果となった。  彼らは、無秩序で方法を選ばない民族性を熟知しており、フランスの行為を「未熟な者に高度なおもちゃを与えるものだ」と警戒を最高度に強めていた。その中で、警報器が鳴り響いたのである。騒然となったのは研究所の警備室だった。  「どうした?」  「ウイルスのコントロール研究室からです」  「カメラを切り替えろ」  「何だ?何があった?」  映し出されたのは、防護服を着た研究員の上半身を切断するように、開閉を繰り返す自動ドアの様子だった。  「大変だぁ、直ぐに救出に迎え。ああ、ウイルスが流出しているかも知れない。規定に従い防護服着用の二人で救出に迎え」  「良し」  「研究室ブロックを封鎖する。マニュアルに従って研究員を隔離・検査させるように。念の為、マニュアルを確認してから向かえ、初めての事だ、慎重に行うように」  「良し」  警備隊長の郭は、部下が救護活動を行う間に研究員の身元を調べた。もし、ウイルス感染ならその研究員の行動把握は必須だったからだ。  研究員は、陳孫明、三十三歳、研究所近くに住んでいた。隊長は所長に連絡したが不安が過ぎった。所長は武漢市の周先旺市長に連絡はするだろう。  どいつもこいつも中央本部の顔色を見るだけの腰巾着だ、真実は語らない、いや、事は起きたが迅速に対応した、収束に向かっているから安心してください、と嘘を報告するだろう。奴らにとって大事なのは自己保身。叱責を受けるような報告はすることはない。それがこの国の役人だ。  隊長は、密かに処罰覚悟で信頼の置ける陽文精探偵に陳孫明の行動パターンを依頼することにした。隊長を突き動かしたのは親友の死。SARSに注意を払っていた親友をだ。感染症を軽視するのは愚かなことだ、安全な場所でふんぞり返っている奴らに現場の恐怖感などわかるはずがない、その思いだった。  隊長は、陳孫明の上司と他の研究員と監視カメラに残された彼の行動をチェックした。陳は突然倒れ、しばらくして立ち上がり、ドアの開閉ボタンを押して再び倒れた。そこに救護班から連絡が入った。陳の死亡が確認された。  同席していた研究員たちは、戦々恐々。  直様、陳が担当していた新型コロナウイルスのチェックを全職員に実施した。出入り業者にも口実を設け、検体を集め検査した。検査には時間を要したが朗報はあった。新型コロナウイルスの潜伏期間が過ぎて新たな感染者が出なかったことだ。集めた検体からもその時点では陽性反応は検出されなかった。  武漢市の周先旺市長はその報告を安堵の思いで聞いていた。この安堵感が後に悲劇を拡大させる。  予断を許さない郭隊長のもとに陽文精探偵から報告書が届いた。その報告には陳の行動パターンが記されていた。忙しさが功を奏したのか行動範囲は極端に狭かった。唯一、麻雀屋に出入りし、機密性の高い職業柄、卓を囲む相手に注意を払っていた。そんな陳が心を許す存在に趙軍事がいた。趙は陳が亡くなって一ヶ月以上経っての発病だった。麻雀を打つ面子はほぼ決まっていた。卓を囲みながら、陳の話題は尽きなかった。二次、三次感染が濃厚になっていた。  趙は武漢一と呼ばれる共和医院の脳神経外科で1月7日に外科手術を受けていた。共和医院は、多くの武漢周辺の医師から中央本部に原因不明の肺炎が万延しているとの報告を受け、調査に入った病院だった。  趙軍事は新型のウイルスに感染していたらしいとの疑いが持たれていた。この時点で新型コロナウイルス肺炎の事実は公になっていなかった。そう、研究所も武漢市の周先旺市長も地方当局も「不都合」の隠蔽に走っていた。  2020年1月19日、政府のシンクタンクである中酷工程院院士である鐘南山氏率いる専門家が武漢市の現状視察にやってきた。そこで医師たちの事情聴取から、1月7日に外科手術した趙軍事が術後、原因不明の肺炎に罹り、1月11日に亡くなった事実を知る。その病原菌こそが新型コロナウイルスだった。  鐘南山氏一行はその事実を知り、急ぎ北京に引き返し中央に報告、始めて秀劤併は新型ウイルスの現状を知り、1月20日に「重要指示」を発布。  報告を怠った武漢市の周先旺市長を直様、逮捕。同時に世界拡散を恐れて、世界保健機関(WHO)の専門家委員会のディディエ・フサン委員長と会い、都合のいいデータを渡し、彼の目を凝視し、手を強く握った。  フサン委員長はそれが何を意味しているか、手に取るように分かった。その結果、世界保健機関(WHO)は24日、感染が国際的に拡大し緊急の対応が必要な場合に出される「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言を人から人への感染が確認されていないことから、「現時点で国際的なレベルでの緊急事態にはなっていないと判断し、今はその時ではなく、緊急事態とみなすには早すぎる」と見送った。  その報告書は中酷のデタラメだった。  趙軍事を手術や治療に当たった14人の医師や看護師が新型コロナウイルス肺炎に感染していた。それなりの予防対策を取っていた医師、看護師が感染した。  物資不足、対応策のなさが院内感染を広めた可能性は周知の事実となった。鐘南山氏一行はその事実をありのまま秀劤併に報告していた。  即ち、この時点で秀劤併は、人から人への感染事実を知っていた。  趙軍事が武漢市の華南海鮮市場で感染した可能性はある。聴取からは医師、看護師は華南海鮮市場に行っていない。なのに感染している事実。  秀劤併は人から人感染を隠蔽したのだ。  中酷人らしい振る舞いだ。後先考えず動き、辻褄が合わず、迷走する。秀劤併の迷走は武漢市の周先旺市長の迷走に酷似している。  周先旺市長は新型コロナウイルスに関してインタビューを受けた際、「共和病院の脳外科がこの患者に対して入院前に新型コロナウイルスに感染しているか否かを確認しなかったのいけないのだ」と語っている。  これを受けて武漢政府は人から人感染はないとして「十分にコントロール出来ている」と偽装工作し、ばれれば共和病院の対応のまずさが原因だと責任逃れに必死な姿が象徴している。  さらに周先旺市長は19日に万家宴という大宴会を開いていたことを突かれ、あれはは昔からの庶民の慣習なので、と答えている。どこの国の役人も被災地、被害者より宴会を選ぶ神経のなさは似たり寄ったりで嘆かわしいものだ。       
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