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6話 思い出せ
それから数日たった今でも私の頭の中は大きな人魂のことで一杯だった。あれからというもの、私達はいつも通り過ごせるように振る舞い、結果少し距離が出てきている。それにここ最近、雲の色も暗い気がする…。
「雨、降りそうね。」
サラがそういうと、カイトは一瞬空を見てまた目を瞑った。
「部屋にいないとな。」
私は何も答えなかった。答えれなかった。同じタイミングでこの世界に来た人の死。それはどれほど2人の心を抉ったのか、考えずにはいられなかった。きっと辛かったろうに。苦しかったろうに…。そうして外がいつの間にか雨になっていたことに気づいたのはサラが私に話しかけたからだ。
「雨が降ってる...。ハナ?どうしたの?」
「え...あ、ううん!何でもない。」
暗い顔していたのだろうか、サラはすごく心配そうに私の顔を見つめた。あの時のようにボーッとはしてないが、やはり少しサラの中で何かが違うなと感じる。それほどサラの中で、あの人の死は大きかったのだろうか…。
「最近は雨の日が多いわ。天候に左右されて暗くなったりしてない?大丈夫?」
「大丈夫だよ。平気。」
そして私達はそれぞれの部屋へと戻っていった。
雨。別に濡れるのは私は構わないため、傘がないこの中、私はよく彼岸花を見に行っていた。雨の露がかかった彼岸花はより一層この世界のミステリヤスさを際立たせている。そんな私とは違って、ハナ達は雨の日は外に出ようとしない。雨の中、ずぶ濡れになりにいく奴はガキだ、と前にカイトが口にしていた言葉がよみがえる。どこに行くにも一緒にいた2人だが雨の日だけは、気をつけてと言うだけだった。正直、今は2人といたくないためこちらとしても都合が良い。今日も私は1人彼岸花を見に行った。
...最近は雨の日が続いていた。全く同じ日が続いていた。だからなのだろう。俺たちは完全に油断していたんだ。このような日々が明日、また明日と続くと思って安心しきっていた。あの時ハナを止めていれば…。
雨は様々な音をたてて地面に落ちる。それがまるで音楽のように聞こえ、途切れ途切れに流れている遊園地の音楽をかき消してくれる。彼岸花...イツキとの思い出の花。その中心にいるとまるで私も花の一部になったかのような錯覚を受ける。
葉から水が零れるように、私の髪と目から水が零れた。私の心はもうすでに、不安に押し潰されそうになっていたのだ。まだ1つもここを出る手がかりを見つけていない。私よりも長くこの世界にいるあの2人でも、だ。本当に帰る手段なんてあるのだろうか。帰りたい...イツキのもとへ。家族のところへ。なぜ私はここに来たの?なぜ何も思い出せないの?...分からない、全て。ただ分かるのは、この世界にずっといては気が狂ってしまう気がすることだけだ。何かしないと、覚えている思い出を思い返さないと、負の感情に飲み込まれてしまいそうになる。
その時ふと視線を感じ、辺りを見回した。すると、いつの間にやら目の前には人魂が浮かんでいた。
「蝶...じゃなかったんだね。あなたは誰?」
気づいた時には私は人魂に話しかけていた。返事が帰ってくるはずもないのに、ただ独り言のように私は尋ねた。
「この世界から出る方法はあるの?私はいつ記憶が戻るの?この世界は何のために存在しているの?何か手がかりになることをあなたは見つけたの?」
すがるように、でも返答はないだろうと諦めたように私は何度も尋ねた。だから私は驚いたのだ。……まさか、人魂が返事をするとは思わなくて。
『泣かないで』
それは人魂が発した言葉だった。声が聞こえたんじゃなく、脳に響いてくる感じで...。私はただ何も考えず、反射的に人魂に触れようと手を伸ばした。だが、人魂は私の手から逃れ、触らせないよう動き回る。私はここに花があることを忘れ、人魂の行った方向へと追いかけていった。話したかった。触れたかった。声が...聞きたかった。
その一心で追いかけて、あと少しで人魂に触れそうになった時いきなり後ろから叫びに似た声がした。
「ハナ!その人魂に触れちゃダメー!!」
ぎょっとし、手を引っ込めて振り返ってみると、そこにはサラがいた。いつの間にかホテルの近くまで来ていたようだ。あんなに嫌がっていた雨の中、屋根から出てサラはこちらへ走って私を抱き締めた。
「ハナ...ダメ、ダメなの...。」
抱き締める力とは裏腹に声が弱々しく、私は困惑したままサラを抱き返した。
「なんで?あれは人なのでしょう?サラ達と一緒にここに来た人の魂なのでしょう?」
「ハナはダメなの...触れてはいけない。あの人に触れたら、記憶が...」
そう言いながらサラは私の目の前で倒れた。
「え...?」
サラはぐったりとして目を開く気配がない。
「え、サラ...サラ!!」
肩を揺らそうと手を置くと、ビリッと電気が通った。
「痛っ...え、何?」
よく見るとサラの体から火花が散っている。どういうことか分からず、触れようとしたら電気が流れるため、どうしようか迷っていると、サラの叫びを聞きつけたカイトがビニールのようなものを全身に纏って出てきた。
「カイト!サラが...!私、人魂を…そしたらサラが…。」
カイトはすぐに状況を理解し、
「サラは任せろ。お前は少し寝とけ。」
と言い、サラを抱き上げて部屋へ行ってしまった。何か手伝いたい。そう言った私に対して、カイトはお願いだから2人にしてくれと振り向かずに言った。しぶしぶ言われた通り私は自分の部屋のベッドに横になった。...サラに言われた言葉。人魂に触れたら記憶がどうって...。それにサラの体から出ていた火花...。気になって気になって、私は眠ることなど不可能だと思った。第一、サラが緊急な時に私は何寝ようとしているんだ、カイトと同様私だってサラといたい!と今から自分がしようとしていることにバカらしさを感じた。私は意を決し、カイトの部屋へ向かうため自分の部屋を飛び出した。
カイトの部屋のドアは少し開いていた。急いでいたためだろうと思い、私はそこから中へ入った。すると、ウィーンウィーンと場にそぐわない音が奥の部屋から聞こえてきた。そこにいるのだろうか、と思った私はドアの隙間から中を覗いてみる。するとそこには驚きの光景が広がっていた。
そこには、人の治療には使わないであろう工業的道具を持ったカイトと、胸が開き歯車やネジがたくさん埋め込まれているサラの姿があった。
「カイ、ト。もう無理よ、諦めて。」
「うるさい、黙ってろ。」
「...お願い、私達を直せるのは2人しかいないの。カイトも分かっているでしょう?」
「...クソ!なんでそんな無理をした。ロボットである俺達の弱点が水なのは分かっていたはずだ!イツキがいなくなって、ハナの記憶も消えて...お前はどうして...。」
「ふふっ。ハナが大事だからに決まってるじゃない。 ...私はもう壊れる。だからカイト、ハナのこと任すわよ。しっかりね。」
「うっせー、分かってる。」
バタン!部屋に帰った私は頭の中がぐちゃぐちゃで訳が分からなくなっていた。2人の会話が何一つ理解が出来なかった。いきなりすぎる展開に頭がついていかない。イツキ?ロボット?壊れる?何、一体何なの。頭を抱えうずくまる私のすぐそばに、あの人魂が近寄った。私がやるべきことは多分...
「...ねぇ、あなたに触れたら記憶が元に戻るの?サラが倒れる前に私に言ったこと。それがもし本当ならお願い…!私は何が起きているのか理解したいの。サラに何が起きているのか、この世界が何なのか。」
すると人魂は何も逃げる動作をせず、ゆっくり近づき、私の唇に触れた。
その瞬間全てが光の速さで頭の中を駆け巡った。子供の頃から今まで何があったのか、どういう気持ちだったのか...全部、全部、
「思い、出した。」
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