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7話 目覚め
嫌な予感がした。
サラが動かなくなり、サラが倒れ火花が散っているところを見たハナに俺は何をどう言えばいいのか。1人でハナを守らなければという使命感とサラがいなくなったことの孤独感。それらが交わり心を締め付けてくる。ロボットである俺たちにある心。こんなに苦しい思いをするのなら心なんてなくてよかったのに。そんなことさえ考えてしまう。ロボットな俺でさえこの辛さなのに、人間はどうやって耐えているのだろう。...いや、そうか。この辛さに、この苦しさに、耐えれなかったからハナは...。
すると突然、音が止んだ。雷までも鳴っていた豪雨が、急に静かになったのだ。外に出てみると、空には何もなかった。
「...どういうことだ。」
茫然と立ち尽くしていると、すぐ後ろに気配を感じた。振り返ってみると、そこには例の人魂が。何も発さず、動かず、ただ俺を見つめて浮いている。...何なんだお前は。何がしたいんだ。そう思った瞬間だった。俺の脳内で嫌な考えが一瞬通り過ぎた。消し去ろうとするが、その事に思考が奪われ、不安になってゆく。
「いや、そんなはず...。」
もう一度人魂を見るがやはり何も発さない。動かず見つめる人魂...いや、アイツに俺は無言の肯定だと感じ、
「まさか...っ!」
と、信じられない思いで駆け出した。全てが俺の勘違いであってほしい。お願いだ、ハナ。そこに、今から俺が行くところにいないでくれ...!そう願いながら俺はホテルの立ち入り禁止を飛び越え、屋上へ向かった。
屋上には微かに風の吹く音が聞こえるだけでとても静かだったが、すぐに後ろでバンッとドアの開く音が聞こえた。振り返ってみるとそこには...
「おはようカイト。それから...イツキ。」
恐怖と絶望の顔をしたカイトと人魂であるイツキが私を見つめていた。
「やっと、やっと目が覚めたわ。ひどいじゃないカイト。サラと2人して私の記憶を消すなんて。」
そう微笑む私にカイトは目を見開き口をパクパクさせているだけで、一切の音を出さなかった。私は視線をイツキに移す。そう、イツキはずっとそばにいてくれたのだ。姿が変わっても私のそばに。
「イツキ...。笑っちゃうわよね。私あなたのこと最初は蝶の魂、次はここに来た別の人の魂だと思っていたのよ。この世界に赤の他人など入れはしないのに。まんまと騙されていたわ、ずっと。」
「違う!!」
さっきまで声の出せなかったカイトがいきなりそう声を上げた。
「何が違うの?騙していたじゃない。」
「違う...違うんだ。俺たちはお前を助けるために...守るために...。」
「守るためなら騙してもいいというの?記憶を消したせいでこの世界は...私達の創った世界は不安定になり崩れかけているじゃない!」
...そう、この世界は私とイツキで創り出した世界。2人の夢の世界だったのだ。
私達は自分の両親達から逃げるためにこの世界を創った。私は親からの暴力、イツキは育児放棄。私達は高校生になるまでこの家庭環境に何も言わずに生きてきた。が、それでも我慢の限界がきてしまっていた。私達が中学生のころ、親から隠し続けたお年玉を遊園地へ行くために使った。日々の苦しさから逃げ出し、一瞬だけでも自由になりたかったから。そこでは大きな音の音楽とパレード、楽しそうな笑い声が絶えない、まるで別世界だった。私達はこれ以上ないくらい楽しんだ。そしてその帰り、イツキが衝撃なことを言った。
「...ハナ、僕達で世界を創ろう。」
「え!?何言ってるの、無理だよそんなの。今日だってやっとのことで親の目の届かないところに来れたのに。」
「無理じゃない。車は空を飛び、宇宙では色んな別の世界が発見されてるし街には人とロボットが共に生活してる。心の世界だって今じゃ簡単に作れる時代なんだ。高校生にでもなればバイトって言えば、親から離れられる時間が増える。そうやって少しずつ少しずつ僕達で創っていくんだ。僕達の永遠の夢の世界を。」
最初は戸惑っていた私だが、そんな世界に夢を描き、それから私達は毎日、それを希望として生きてきた。イツキの案通りに進め、私達は家を抜け出した。
そうして夢の世界は完成し、イツキは2人だけでは寂しいだろうからと、2体のロボットを作っていた。子供の頃から機械弄りをしていたイツキにとって、一からロボットを作ることはとても楽しかったらしい。
「すごい...本物の人みたい。」
「さすがに人の温もりは再現できなかったけどね。じゃあハナ仕上げだ。この2人にロボット用の心とハナの心(思い)の1部を与えて。そしたらそれで完成。僕達の世界が出来上がる。」
そして心を与え終え完璧となった夢の世界に私達は消えた。今まで生きてきた世界を一度も振り返ることなく。
私達の創った夢の世界は、あの遊園地とそっくりだった。楽しい音楽に綺麗な建物。2人で創ったため、全てが私達の精神状態の上に成り立っている。天気も建物も音楽も。私達の目が覚めたら音楽が流れ、眠ると音楽も止む。嬉しいと天気が晴れる、建物も老朽化する事はない。時空が歪んでいるため、いくらここで月日を過ごそうが老いることはない。まさに永遠の世界だった。そして私達はこの世界で何年も過ごした。何年も何十年も。毎日が楽しくて、これが永遠に続くのは素晴らしいことだと思っていた。
しかし、ある事件が起こった。それはいつも通り屋上でイツキと遊園地を眺めていたときだった。
「もう僕達、何歳なんだろうな。」
「さぁ分からないけれど、いいじゃないそんなこと。ここでずっと皆一緒に暮らすんだから。」
するとイツキが急に黙った。私は少し不安になって聞き返す。
「イツキ...?一緒に、永遠に暮らしていくんだよね?」
するとイツキは深刻そうな顔をして私に向き直った。
「...ハナ、僕はこの世界はもういらないんじゃないかって思ってる。」
「え...どういうこと?」
「もう何十年か経った。僕らの両親は多分死んでるか、老いているか、どちらにしろ今の僕らに手を出すような力なんてない。それなら親から逃れるために創ったこの世界に意味はなくなるんじゃないかって思うんだ。だから…明日にでもこの世界を終わらせる。ハナ、君が何と言おうと。」
イツキの言っている意味が理解できなかった。手足が震え、どこからか怒りが込み上げてくる。心が不安定に...精神状態が不安定になっていくのを感じた。
「い、意味が分からないわ。私達は楽しく永遠を過ごすためにここを創ったんじゃない!私は嫌よ。親の元に帰るなんて、あんな世界に帰るだなんて!」
「でも、この世界にいても何も変わらないし生まれない。何も起こらないんだ。」
「それでいいの!そのためのこの世界よ。変わらない幸せで楽しい日々を過ごすことがこの世界のルールのようなものでしょう!?」
イツキは何とか私を説得しようと私の肩に手を置き話し続ける。
「ハナ、分かってるだろう?ここにいても何も解決しないんだ。」
「いやっ!それならサラとカイトは?あの2人はどうなるの。この世界を壊す方法は分かっているでしょう?あの2人を見捨てるつもりなの?」
イツキは下を見て苦い顔をした後、何かを決意したように顔を上げた。
「僕はハナが反対しようが、この世界を終わらせる。」
イツキが別の何かになったような、心が離れていくような感覚がした。私の知らないイツキ、私の知らない誰かになった気がして、一刻も早く離れたいと思ってしまった。
「...や、...して。」
「ハナ?」
「いや!離して!!」
そのときだった、強い風が吹き私は目を瞑った。肩からイツキの手離れたこと感じ、目を開けると、
「はっ、イツキー!!」
イツキは風に煽られ、身体は屋上の外へと投げ出されていた。手を伸ばしても届かない。
「ハ、ナ。」
私はただイツキが落ちて行くのを見ることしかできなかった。急いで屋上から階段を下りイツキに駆け寄るが、もう動いていなかった。
「イツ、キ?イツキ、イツキ。...いや...いやー!!」
どんなに叫んでもイツキは目を覚まさなかった。そのとき地面が揺れ、建物が少し歪み、ガラスが何枚か割れる音が聞こえた。叫び声による地響きから駆けつけたサラとカイトが駆け寄り状況を尋ねるが、私は過呼吸状態でうまく話せなかった。それでも理解したカイトは落ち着かせようと背中を撫でるが、何の意味も持たなかった。
「イツキ!イツキ!いやだ!目を覚ましてよ!1人にしないで。」
そう、何度も繰り返したのに。心の底からの叫び。脳にも心にもこの言葉が刻みつけられたのを感じる。...私は大切な人を失ってしまった。
この世界は2人の精神状態によって全てが変化する。私はあのとき、イツキの手から離れたいと思った。そう願って、強風が訪れた。あの風は私のせい。私が造り出したもの。つまり私は...最も大切で最愛の人を殺したのだ。
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