1. ものは試しと言うけども

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◯ 「はぁ~、今日もかっこいいね久世谷くん」  校内美化の委員会活動でゴミ置き場担当になっているのは俺ともう一人、他クラスの男子だ。だが今日もあいつはHRが終わるや否や部活へ逃げたらしい。  美化委員は昼、放課後に何か所かの清掃担当場所を決まった曜日で割り振られているが、俺のペアのように賢く逃げる奴も当然いる。強化部活に所属しているくせにこんなに面倒な委員会に入るほうが間違っていると思う。  ふいに現れた先輩はまたこうして俺が一人でいるところを狙っていたらしい。どこから得た情報なんだといつも思っていたが、瀬戸の話を聞けば、その手の情報収集は先輩お手の物らしい。  いつものようにどこからともなく現れた先輩は、その勢いでまたいつものように俺の腕に手を絡めようとしていた。  ほうきと塵取りを持って、若干腰を落としながら掃き掃除をする俺に引っ付いてくる先輩の匂いには、汗の匂いが混じっていた。近づかないと分からないのその熱い匂いに、すぐにわかる制汗剤のシトラスの香り。 「久世谷くん、もうこんなに張り付いても嫌がらなくなったよね。次は何がいいかな」 「これがリハビリですか?」 「まだまだ、こんなんリハビリ以前の問題でしょ。ただの助走だって。ねね、久世谷くん!」  無邪気に俺の名前を呼ぶ先輩の猫のような目と目が合った。屈んでいた腰を上げ、張り付いた先輩を見下ろす。 いい気分だ。清々しいぜ。 「なんですか?千紘センパイ」  不敵な笑みとはきっとこんなものだろう。自分で自分の顔を見ることはできないが、なんとなくわかる。  サッと先輩が笑顔のまま青くなっていく。 引きつった顔で瞬時に俺から離れると、おおきなゴミ箱の影に隠れるように身を縮めた。  懐いていた猫がしっぽを立てて威嚇しているのを見ているような気分になる。 「な、なんで!?なんで知ってる!?どこから漏れた!誰だ!?瀬戸か!?瀬戸だな!?」  影からキャンキャン吠える先輩に追い打ちをかけるようににっこりと笑う。  俺以外の名前が先輩の口から出てくることになんだか違和感を感じた。 「短距離エースらしいですね、藤崎先輩」 「うわあああ」 「体育見てましたよ。先輩速くてびっくりしました。けっこう有名人だったりします?」 「い、いや…断じて……」  なんだろう、この気持ち。すっげぇ気持ちいい。  あんだけ俺の嫌がる様を見ながらにやにやと張り付いてきていた先輩が、底知れない笑顔を浮かべて常に俺の調子を崩してきた先輩が。  俺相手にうろたえている。  俺が先輩の優位に立っている!
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